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2017/09/20の記録:メモ

阿井英二郎が地方球場の中日戦で自らホームランを打って勝った試合のことを、忘れたことがない。

平日のデーゲームで、地方シリーズということもあってか普段はテレビ中継されることのないこのカードが中継されていて、それを見たのである。

ゲームのスコアだとか展開だとか、細かいことは覚えていないのだが、ベースを回る阿井の少し戸惑ったような表情は今でもありありと思い浮かべることができるし、ファールだと思ったがコーチが(審判だったかもしれない)腕をぐるぐる回しているのを見てホームランだということがわかった、といった感じのコメントが伝えられたのも覚えている。

しかし、遠い昔のことなのでそれが何やら幻のような気もしていた。

当時の僕はヤクルトを命がけで応援していて、しかしヤクルトの戦績は無残なものであったので、辛い現実から逃れるために現実とは正反対の幸せな試合展開を、それなりの細部にまでわたって妄想することが、無いではなかった。

あの記憶は、僕の妄想が創りだした幻だったのだろうか。

そんな疑念をもう十年以上も抱きながら、そのすべを思いつかないこともあって、確認しないで今日に至った。

ちょっと前にそのすべとなりうる夢のようなサイトを見つけていたこともあり、先ほどふと、この試合のことを確認してみようと思い立った。

幻ではなかった。

1985年9月6日(金曜日)の対中日21回戦。場所は山形県野球場。

確認してみるといろいろと意外なことがあった。

リリーフを仰いだかもしれないが阿井先発の試合だと思い込んでいたが、先発は梶間でむしろ阿井のほうがリリーフだったこと。

3-1くらいの接戦だったように思っていたが、12-4の、当時のヤクルトとは思えない完勝だったこと。

何よりも、86年のことだと思っていたのが85年だったこと。

もともと僕は、なんとなくスマートで格好いい感じがした西武を応援していたのだが、当時の西武は強かった。テレビやラジオで応援した試合もそれができなかった試合も当たり前のように勝ってしまう。自分の応援のおかげで打った勝ったと錯覚することができない。

自然に集中力も薄れ、応援にのめり込むことができずにいた。

と言ってさすがに対戦相手を応援する程でもなかったが、対戦のない別のリーグで負けまくるヤクルトのことが、きっかけは忘れたがいつしか気にかかるようになっていた。

野球の応援は基本ラジオでするものだったので、ラジオをつければ文化放送ライオンズナイターが聞こえてくるようになっていた。

それが、早々に西武の勝ちが見えてくるとヤクルトはどうしているだろうとニッポン放送ショウアップナイターに切り替えるということをするようになり、気づけばダイヤルはそちらに固定されたまま、西武の方はときおり流れる他球場の試合経過で済ませるようになってしまっていた。

この文化放送からニッポン放送への移行は86年のシーズン中のことだったと漠然と思っていた。(と言うのはデビュー直後の清原を見に西武球場に行っており、つまりその時点では西武ファンだったということになりそうなので)

一方、阿井がホームランを打った試合は、その日の喜びの大きさからして僕がはっきりとヤクルトにシフトしてからのことだったのは間違いない。

それで、件の試合も86年に違いないと思っていたのだが、85年のことだったというのは意外だった。

思っていたよりも早く、僕は西武ファンからヤクルトファンに転向していたようだ。

それに気づけたことが、今回の一番の収穫だ。

(清原を見に行ったのは西武を応援していた惰性と、何よりスター見たさのミーハー気分が理由だったのだろう。ちなみにその試合で清原はホームランを打ち、田尾が僕の目の前のフェンスに当てるヒットを打った。所沢は遠かったが、行った甲斐はあった)

以上、非常に個人的なメモ。

| 雑文 | 13:37 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/08/03のことば

牛の乳をのみてほしたる壜ならで挿すものもなき撫子の花

—長塚節

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| ことば | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/07/15のことば

宿昔青雲志 蹉跎白髪年

—張九齢「照鏡見白髪」

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| ことば | 01:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/06/20の記録:また更新

フラッシュプレイヤーをついこないだ更新したと思ったら、また更新があった。

しばらく触ってなかった機械で、これもやっとかなきゃ、と思って更新作業をした時に、バージョンの数字に見覚えがない気がしたので、念の為更新済みの機械でも確認してみたら「要更新」と出た。

前バージョンはわずか一週間ほどの寿命だったようだ。
(前バージョンの番号は忘れたが、今回のは "26.0.0.131")

こうたびたび更新があると、手動でやるのはめんどくさいな。

たいした作業ではないとはいえ。

以上、どうでもいいメモ。

| その他パソコン全般 | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/06/14の記録:ちょっとした実験

久しぶりにフラッシュプレイヤーの更新があった。

このブログの右のメニューの下の方に、アドビのフラッシュプレイヤーのバージョン確認ページヘのリンクがあるので、どのような環境の方も最新のものになってるかどうか、確認されることをお勧めする。

それはそれとして、僕の場合Debianでは手動でアップデートしなきゃならんので、その作業をやった。

Firefox(その他)用の "flash_player_npapi_linux.i386.tar.gz" と、Opera(その他)用の "flash_player_ppapi_linux.i386.tar.gz" とを落としてきて、解凍した書類を適切なところに入れる。

そのやり方は前に書いたのでそちらを参照していただきたいが、前者の方は、解凍すると "usr" というフォルダができ、その中に "share" というフォルダがあり、さらにその中にはアイコンのたぐいが入っている。

大事なのは "libflashplayer.so" という書類だけでアイコンは別に毎回更新することもないのだが、今回はやっておこうと思った。

が、更新が久しぶりだったので、各種アイコンを
/usr/share/
以下に入れるんだったか
/usr/local/share/
以下に入れるんだったか、忘れていた。
(僕自身がどちらに入れてきたか、という話で、どっちに入れても機能はする)

確認してみると、どっちにも入っている。

前にやった時に、その時の気分で適当に入れたと思われる。

これも前に書いたが、自分でなにかインストールするときにはとりあえず
/usr/local/
以下に入れとくのがルールになってる様なので、こっちが正解と見て、今日はこっちにしといた。

これで更新完了なのだが、それはそれとして、上の二つの選択肢の両方に同じ名前の書類を入れた場合どっちが優先されるのかが気になったので、実験してみた。

予想では後者優先。

で、後者の方に入れた(更新した)
/usr/local/share/icons/hicolor/16x16/apps/flash-player-properties.png
と、同じ所に入ってた
/usr/local/share/icons/hicolor/16x16/apps/vivaldi.png
とで、名前を入れ替えてみた。

結果は次の写真のとおりで、vivaldiのアイコンがflashplayerのものになっている。

予想が正しかったということ。

まあそうだろうな。

以上、非常に個人的なメモ。

| Linux関連 | 19:34 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/05/19のことば

これほど巨大で、しかも不健全な観念性をみごとに脱却した小説を、今までわれわれは夢想することもできなかった。

—三島由紀夫による北杜夫著『楡家の人びと』推薦文

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| ことば | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/05/05のことば

清夜宮車出建章 紫衣小隊両三行
石闌干畔銀灯過 照見芙蓉葉上霜

—薩都刺「宮詞」

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| ことば | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/04/21の記録:IcedoveがThunderbirdへ

メモ。

環境はDebian Jessie。

IcedoveがThunderbirdに切り替わった。

に記事にしたIceweaselからFirefox ESRへの切り替えの時から予想できたことで、むしろ、なかなか切り替わらないな、と思っていた。

ついにその時が来たか、という印象。

アップデート直後にはまだメニューにIcedoveが残っていたので一旦それを起動させてみたら、自動でデータを移してくれたみたいだ。【

一回やるともうIcedoveはメニューから消えていた。

寂しいことだ。

メニューには当然Thunderbirdも追加されたわけだが、「Thunderbird電子メールクライアント」と表示されていて、うるさい。

「電子メールクライアント」は削った。

メニューの当該部で右クリック、「プロパティ」をやって削るわけだが、そうすると
ホーム/.local/share/applications/
に自動的に新しくデスクトップエントリファイルが作られるように、LXDEはなってる。

他の環境のことは知らないが、自分でそういう作業をすれば同じことになるだろう。

/usr/share/applications/thunderbird.desktop
をコピーして持ってくる。

このファイルを直接いじるという手もある(要root権限)。

デスクトップ環境にもよるんでないかと思うが、このファイルはファイルマネージャ上では「Thunderbird電子メールクライアント」という名前で出てくるので、それをエディタで開いて、"Name[ja]" の行をいじる。

(今自動で作られたやつを確認してみたら、"Name[ja]" の行は「Thunderbird電子メールクライアント」のままで、"Name[ja_JP]" という行が別に追加され、そっちが「Thunderbird」になってる。が、自分でやるなら "Name[ja]" をいじればいいと思う)

== 04/25追記 ==

後で気づいたのですが、データを移したわけではなくて、もともとのIcedoveの個人データが入ってる
ホーム/.icedove/
というディレクトリを残したまま、それへの、Macで言うところのエイリアス、シンボリックリンクが
ホーム/.thunderbird
という名前で作ってありました。

いらないものを置いておくのは好まないので、シンボリックリンクは捨てた上で、".icedove" の名前を ".thunderbird" に変えてみたら、それで問題なく機能しました。

== 04/26追記 ==

母のところに行く用があったので、いつものようについでに母のパソコンのアップデートもしました。

母のパソコンにもDebian Jessieを入れていますので、当然、この記事で書いたことが起こるわけですが、何故かは知りませんが僕のパソコンで起きたことと多少の違いがありましたので、メモしておきます。

まず、パッケージマネージャでアップデートをやってThunderbirdがインストールされると、その時点でメニューからIcedoveが消えていました。

また、(これはもともと僕のとは違い)下のアプリケーション・ランチャーに入れてあったIcedoveは、そのまま残ってはいたものの押しても機能しなくなっていました。

メニューから(自動で付け加わった)Thunderbirdを起動させると、僕のでメニューに残っていたIcedoveを起動した際と同様に、自動でデータの引き継ぎ(上の追記に書いたようにシンボリックリンクが作られる)をやってくれ、Icedove時代と変わりなくThunderbirdが使えるようになりました。

つまり、IcedoveからThunderbirdへ切り替わった際は、Thunderbirdの初回起動時にデータ処理を自動でしてくれる、ということで、それはいいのですが、アプリケーション・ランチャーのほうが手間取りました。

アプリケーション・ランチャーのIcedoveは機能しなくなったので、それは削除しておしまいですが、代わりにThunderbirdを入れようと「アプリケーション・ランチャーのところで右クリック>アプリケーション・ランチャーの設定」をやっても、Thunderbirdが追加項目の選択肢に出てきません。

Thunderbirdへの切り替えがアプリケーション・ランチャーの設定アプリケーションが利用するデータに反映されていない、ということでしょう。

仕方ないので、
ホーム/.config/lxpanel/LXDE/panels/panel
という書類をエディタで開いて、

    Button {
      id=pcmanfm.desktop
    }
    Button {
      id=menu://applications/Internet/firefox-esr.desktop
    }

となってる部分に

    Button {
      id=menu://applications/Internet/thunderbird.desktop
    }

を付け加えることで対処しました。

| Linux関連 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/04/13の記録:Recollの不調

メモ。

環境はDebian Jessie LXDE。

ファイル検索ソフトとして、 "Recoll" というのを使っている。

その詳細については2014/09/16の記録に譲るが、左上のアイコンや "Tools" メニューから行える "Advanced/complex Search" がうまくいかず、それをやろうとすると機械は延々と動き続けるもののRecollがうんともすんとも言わなくなってしまうことに気づいた。

いつからそうなったかは今となってはわからないものの、ひと月ほど前にやった比較的大きなアップグレードでどうやら仕組みが大きく変わったらしかったので、問題はそこにあると踏んでそれ以前の状態に戻すことを考えた。

ひと月ほど前にやったアップグレードというのは、パッケージマネージャで
http://www.lesbonscomptes.com/recoll/debian/
という専用のリポジトリを追加して行った(やり方は公式ページの当該部分参照)のだが、今回、この専用リポジトリを無効にした上で一旦Recollそのものをアンインストールし、再度インストールし直すことにした。

Recollのバージョンが最新のものからDebian Jessie公認のものに下がる。

これでこの前のバージョンアップに伴って生じた不具合が避けられると思ったのだが、案に違って状況は変わらない。

症状は作業前とまったく同じく見えた。

というわけで、馬鹿馬鹿しいが専用リポジトリを再び有効に戻したあとでアップグレードをし、作業前の状態に戻した。

別の方向性を探り、Recollの設定ファイルを探してみると、どうやら次の二つのディレクトリにあるらしい。

  • ホーム/.recoll/
  • ホーム/.config/Recoll.org/

このうち前者の方が中が複雑になっていて、検索用に作られるインデックスなんかはこっちにあるらしい。

こちらは後回しにして、とりあえず後者の方をディレクトリごとゴミ箱に放り込んでからRecollを起動させ、Advanced/complex Searchをやってみると、当たり前のようにその専用ウィンドウが開いた。

試しに適当に条件を入れて検索してみても、特に問題なく機能する。

拍子抜けするほどあっさりと問題が解決した。

バージョンダウンとかする前に、こっちを先に試せばよかった。

これはあくまで僕の推測だが、この前のバージョンアップから不具合が生じたというのは当たっていて、その際にこのディレクトリにある設定書類の書式か何かが変わったのを、うまく引き継げなかったのではないかと思う。

それを捨てたので、また新しく適切なのが作りなおされ、うまく機能するようになったのではないか。

| Linux関連 | 18:40 | comments(0) | trackbacks(0) |

2017/04/05の記録:フォント設定メモ

環境はDebian Jessie LXDE。

僕はPlayfair Displayというフォントを気に入っていて、
ホーム/.config/fontconfig/fonts.conf
という書類でこれはセリフフォントですよ、という指定をした上でセリフフォントの筆頭に置いているのだが、今日ちょっと用があってLibre OfficeのWriterをいじっていて、ローマ字仮名まじりの文を試しにPlayfair Displayで表示させてみたら、ローマ字はちゃんとPlayfair Displayになるものの、仮名の部分がセリフ=明朝で表示されず、サンセリフ=ゴシックのVL PGothicで表示されてしまうことに気づいた。

世界標準のセリフフォントであるところのTimes New Romanを指定した場合は、問題なく明朝フォントが使われる。

Playfair Displayがセリフフォントであるという指定がうまくいっていないと考えられる。

/etc/fonts/conf.d/
というディレクトリに "46-latin-plus.conf" という書類を作り、"45-latin.conf" に倣って

<?xml version="1.0"?>
<!DOCTYPE fontconfig SYSTEM "fonts.dtd">
<fontconfig>

<!--
  Serif faces
 -->
  <alias>
    <family>Playfair Display</family>
    <default><family>serif</family></default>
  </alias>

</fontconfig>

と書いてシステムを再起動してみた。
(その後いろいろ試しているうちに別にシステムの再起動は必要なく、Libre Officeだけ再起動すれば良いことがわかったが)

思ったとおり機能して、Playfair Displayがカバーしていない仮名の部分は明朝系の日本語フォントで表示されるようになった。

これはこれで良いのだが、できれば
/etc/fonts/conf.d/
をそのままいじるのではなく、ローカルの設定をしたいと思ったので、"46-latin-plus.conf" は削除した上で、ローカル設定書類であると思われる
/etc/fonts/local.conf
にまったく同じ内容を書いてみた。

が、これではうまく機能しない。

今回書いたような内容は、この書類では機能しないようだ。

そもそも、もともと使っていた
ホーム/.config/fontconfig/fonts.conf
という書類は "local.conf" の個人設定版と言えるものだと思われるので、そっちで機能していなかったということは "local.conf" でも機能しなくて当然なのかもしれない。

これらの書類が機能するのはどういう場合なのかはよく分からんが。

もうひとつ、
/etc/fonts/conf.d/50-user.conf
という書類を見ると、
ホーム/.config/fontconfig/conf.d/
というディレクトリを作れば
/etc/fonts/conf.d/
でするような設定を個人設定としてできるっぽく思われたので、試しにそっちに "46-latin-plus.conf" を置いてみた。

が、これも機能しなかった。

結局おとなしく、
/etc/fonts/conf.d/
に "46-latin-plus.conf" を置くことにした。

ついでに、Playfair Display以外にも "45-latin.conf" で漏れているセリフフォントがあったので、全部 "46-latin-plus.conf" に書いておいた。

ところで、上で使った写真で (Source Han Serif) と書いてあるが、ここまでの内容にはSource Han Serifは全く関係ない。

何でこんなことが書いてあるかというと、昨日新しく出たSource Han Serifを試し、2015/08/04の記録を使って確認してエムダッシュがつながると喜んだのだが、MacのSafariでも試してみたら雲行きが怪しくなったので、いろいろ確認していたのが事の発端だから。

DebianでもMacでも、Operaなら2015/08/04の記録の(昨日新たに付け加えた)Source Han Serifのところを見ると、ちゃんと一文字幅のきれいなエムダッシュが表示されるのだが、Safariでは、つながってるにはつながってるのだが、一文字幅ではない上にややぶっとく、きれいとは言いがたいエムダッシュが出てきてしまう。

OperaのきれいなエムダッシュはSource Han Serifのエムダッシュではないのではないか、という疑いが出てきてしまったのだ。

で、DebianのLibre Officeに2015/08/04の記録から当該部分をコピーして試してみたら、残念ながら、やっぱり無様なエムダッシュになってしまった。

(ちなみにMacのLibre Officeでも結果は同じ)

きれいなエムダッシュはSource Han Serifのエムダッシュではないと判断せざるを得ない。

ならこれは何なのか。OperaがSource Han Serifの別の文字、例えばホリゾンタルバーを気を利かせて呼んできてくれてるのだろうか。あるいは別のフォントから呼んできているのだろうか。

そもそもLibre Officeでの無様なエムダッシュも、Source Han Serifのエムダッシュなわけではないかもしれない。別のフォントのエムダッシュが表示されてるのかもしれない。そうだとすると可能性としては標準のセリフフォントのエムダッシュが呼び出されているのではないか。僕はPlayfair Displayを標準に設定しているはずだ。Playfair Displayならどう表示されるか。

という流れで、この記事の冒頭につながるわけである。

もちろん、Source Han Serifのエムダッシュ問題の解明は、一切進展していない。

| Linux関連 | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
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