ciguwerao

2009/07/05の記録:Tour de France見物 (Brignoles)

Brignoles [ブリニョール] にツールドフランスの第2ステージのゴールを見に行く。
明日の第3ステージはMarseille [マルセイユ] 発で近場を通るので友人と一緒に見に行くことになっている。今日はMonaco [モナコ] 発Brignolesゴールで、ゴールのBrignolesが一番近いわけだけど、ちょっと遠い。近けりゃ行くけど遠いし、明日見られるし、で、最初は行く気無かったんだけど、特にすることが無いのもあって、直前になって行く気になる。Marseilleでのゴールは一昨年見たけど、そんなに大きくない街でのゴールはまた雰囲気が違いそうだからね。
Brignolesまではまあ、一時間くらい。 17時に選手達がゴールする予定とのことなので、選手達到着前の街の様子を見るためもあって、15時頃家を出る。
D7n; DN7, Brignoles.
1555 Brignoles着。街に近づくと路肩に車がいっぱいとまってる。普段こんなこと無いので、明らかにツール目当ての人たちの車。これ以上行ってもスペースなさそうだと判断して、僕も街外れの道の脇にとめる。

(車をとめたのはこんな感じの場所。のどかな風景の中にずらっと路駐の車)
とは言え、選手達は東から来るわけだけど僕は西からBrignolesに着いたわけで、ゴール地点は多分反対側。
ゴールはどこかなーと思いながら街の方へ歩いてると、ちょうど来た車のおっちゃんから「リーニュ・ダリヴェはどこ?」と聞かれる。当然、「僕も探してるんです」と答えたが、フランス語でゴールってなんて言うのか思いつかず (サッカーのゴールはビュって言うんだけど、こういうののゴールはちょっと違いそう)、人に場所を聞きたくても聞けなかったところだったから、助かった。「リーニュ・ダリヴェ [直訳すると到着線]」って言うんだね。結局誰にも聞かなかったけどさ。
取り合えず街の中心部に入って行く。

(チーム関係車が通ったりして気分を盛り上げる)

(なんかの役所の建物だったと思うけど忘れた。写真撮ったのは市庁舎かなあと思ったからなんだけど違った)

(商店街に入ってきたけど、まだそんな人出じゃない)
市庁舎前広場に出ると、大型スクリーンが出てて、ツールの生中継をやってる。ゴールまで時間もあるし、ちょっと見てこうかとも思ったが、とりあえずゴール地点を確認しときたくて、先を急いだ。

(市庁舎前広場。元々感じのいい広場で、ここまで来て、昔どっかにドライブに行った帰りに友人と奥のcaféで休憩したことがあったなあ、と思い出す。今日もこの広場では皆さんのんびりとしてて、なかなか楽しげな雰囲気)

(ほぼ円形の旧市街の北側をかすめるように歩いて街の東側に来ると、人出が増えてきて、それらしくなってきた)
旧市街の東北にある長距離バスのターミナルに出ると、そこから東に延びる道からキャラバンの車が続々とやって来た。ここまで来ればこの先にゴール地点があるのは明らかで、結局ほぼ真っすぐ東に歩いて来ただけで、人に聞く必要も無かった。

(もうちょっと中心部よりだったと思うけど、僕もVittelの車の人からペットボトルを二つもらえた。一応一つはペットボトルの水持ってきたけど、これで大船に乗った気持ちでいられる)

(これは街中心部の方を振り返って撮った写真。おまわりさんのいる柵からこっちは、関係者以外道に入れない。人が多くて写真の取り方もいい加減)

(もうちょっと行ったら、表彰台とか、放送ブースとかが見えてきた)
表彰台の脇に中継スクリーンがあったので、その向かい側で中継を見てようかとも思ったが、場所取りとか結構盛んにやってるので、結局ゴール地点まで行って場所を決めて待つことにした。


(これがゴール地点。このすぐ脇になんとか立つ場所を確保してそこで粘る。みんながかぶってる黄色い帽子はCrédit Lyonnaisの帽子で、キャラバンが配ってたんだろうけど、僕は到着が遅くてもらえなかった。一昨年二つくらいもらって車に置きっぱなしになってるから別にいいけど)
で、ゴールのすぐ横で待つことにしたんだけど、ツール見物では毎度のことだけど、これからが長いんだ。
当然のように日差しは強いし、体温の高い子供達だとか、テンション上がりっ放しの若者どもだとかに囲まれて、難儀した。
キャラバンは終わっちゃって、オフィシャルだとかチーム関係車だとかが続々到着するのを見守りながら何十分も待つ。

(真ん中のサングラスはげのおじさんは有名人らしくて、観客に手を振ったりして盛んな声援を受けてた)
で、予定の17時になっても選手達はまだ来ない。ちょっと遅れてるらしいよ、今どこどこだから、あと十五分くらいじゃない、みたいなささやき声を頼りに、今か今かと待ちわびる。
で、この頃になって、家からは持って出た筈のiPodがかばんの中に無いことに気づいた。車に置いて来たんならいいけど、車では結局聞かなかったし、かばんから出した記憶も無い。この人混みの中ですられたんじゃないかとかなり焦る。と言って、もう車に確認に戻ってるいとまは無い。
不安と焦りでテンション下がりまくった状態で、最後の時を待つ。
で、予定より10分強遅れ、1713分 (僕の写真機の時計による) に先頭集団がゴール。

(これが先頭の選手のゴールの瞬間。何にも見えなかった。選手全く写ってない。最悪だよ。中継のビデオを見れば分かると思うけど、トップの選手こっち側を来たから、前の客に隠れて全く見えないわけ。この次の瞬間に、トップのカヴェンディッシュさん (もちろん現場では誰だかなんか全く分からず) がガッツポーズに入るべく腕を構えてさあ持ち上げるぞ、っていう瞬間をちらっとだけ見た)

(次の写真がこれ。肉眼では何も見えずにただ写真機突き出してシャッターだけ押して撮った。直後に確認した時は、アルジェリアじゃまだよ、人のカメラしか写ってないよ、と思ったけど、うちに帰って確認したら、アジア人っぽい選手のゴールの瞬間を収めてる。これはもしや、久しぶりに出場したという日本人選手じゃないか、と思って調べてみたら、新城さんがこの日5位に入ったとのこと。チームはブイグってことなんだけど、この選手のマイヨはブイグっぽい色遣いだし、多分間違いない。日本人にとってはなかなか貴重な写真なんじゃないですか!)




(で、その後は続々とゴール)
先頭集団の最後の選手が、だらっとした雰囲気でゴールするのを見届けると、なんせiPodが気になって仕方無いので、第二集団以降は待たずに車の方に戻る。と言って、この道を旧市街の方へ歩くのはとても無理なので、ちょっと遠回りして旧市街の外周通りに出ると、ゴール直後の選手達が、普通に目の前にいる。夢中で (誰かは知らないけど) カメラを向けて写真を撮ったりしたら、ギロッと睨まれたりして怖かったっす。ごめんなさい。



外周通りから旧市街に入ると、さっきのようにあんま普段と変わらなそうな落ち着いた雰囲気。

(ツール・ド・フランス到着直後って感じ、別にしないでしょ)

(市庁舎前広場はやっぱりにぎやかだけど、興奮に包まれてるってわけじゃない)

(これはス・プレフェクチュール [=郡庁]。Brignolesって郡庁所在地なんですね)

(街の西には線路と駅があるんだけど、どうも普段は使ってないみたい。この日はツール見物特別列車が出たらしかった)
車に戻るとiPodは普通に助手席に置きっぱなしだった。一安心。一安心はいいんだけど、安心してみると大事な時に何やってるんだ、って感情がむくむくとわいてきた。ツールの表彰式なんて二度と見ること出来ないかもしれないのに。
急いでまた街の方に戻るが、選手達はバスに乗って出発しだしており、街はもう終わった雰囲気。


(さっきと違って外周通りを行ったんだけど、こんな感じのバスに選手が乗り込んで、どんどん走り去って行っちゃう。選手達の宿は明日のスタート地点のMarseilleにあって、そっちにさっさと移動しちゃうんだろうと思う)
表彰台に戻ってみたけど、式はもう終わってた。

(まあそうだろうとは思ったけど、がっかり)
ツール見物は五回目なんだけど、選手は全然見えなかったし、iPodのせいで観戦に集中できなかったし、今回が最悪だ、来なけりゃ良かった、と、かなりがっかりしながら、祭りのあとの街の様子をざあっと見物して、帰途に就く。

(表彰台の脇ではマイヨ・ジョーヌの選手が他の選手と歓談中)


(報道陣も撤収)

(ゴール地点もさっきの緊張と興奮とはうって変わってだらっとした撤収風景)

(観客席も解体。ゴールから一時間経ってないのにね)

(そんな中で、第二ステージを総括するアナウンサーと解説者でしょうか)


(観戦客が引き揚げてきたから、旧市街はむしろさっきよりもにぎやかに)

(寄ってみた駅に貼ってあった、さっき言ったツール観戦特別列車の時刻表)
Brignoles, D205, la Celle.
la Celle [ラ・セル] で墓地が見つかったので寄ってみると、案の定戦没者記念碑があったので撮影。

(詳しくはこちら参照)
la Celle, D205; D5; D205, Tourves; D7n; D6; D908, Trets (Trets [トレス] は別にその必要もなかったがバイパスではなく街の中心を通ってみたく思い、街の中に入った見たが、何かあったらしく市役所前は通れず、結局街の外周をまわった); Peynier, D; D6; Gardanne郊外 (Gardanne [ガルダンヌ] 郊外の昔Championだった店が、そのままCarrefourになってた。ただし、正確にはカルフール・マーケットみたいな名前で、普通のとは違う扱いっぽい), D7; Luyens, D8n.

(D205。逆光で写真はよく分からんけど、悪くない道だった)
20時前帰宅。
115km程。

(2009/09/17/04:45)
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2009/05/02の記録:Peynier

今日の地図

Aix [エクス] のcentre [中心部] を散歩の後ドライブ。
1344 家を出て、 centreの方まで車。駐車スペースが見つからず、ずいぶん南にとめた。

(車とめたとこ)

(Cours Mirabeau [クール・ミラボー])

(駅)
最初は散歩だけのつもりだったが、centreまで行ってみたところで、特に面白いこともないなあ、と思い、ドライブに行くことにして車に戻る。
行き先が思いつかず、地図を見て、戦没者記念碑を見つけていないPeynier [ペニエ] に久しぶりに行ってみることにする。 1525 Aix発。
D7n; D96; D56e; Fuveau, D57a, les Michels.

(D56e)

(D57a)
寄るつもりは無かったが、何となく好もしく思え、ちょうど駐車スペースも見つかったので、 les Michels [レ・ミシェル] の村を散策することにする。
1610着。ここまで22km程。
コミューンとしては独立はしておらず、Peynierに属する様だ。小さな集落で、役場も無ければ教会も見当たらない。記念碑も墓地も見つからなかった。家々は花を植えたりして、きれいにして暮らしてる。







(村からはSte-Victoire [サント=ヴィクトワール] が見える)


(駐車場に止まってたRenault 10)

(村を貫くD57a。奥に見えるのがSte-Victoire)
1630発。
les Michels, D57a, Peynier.
Peynierではまずに入れなかった南の郊外の墓地に行く (1640)。

(ぶどう畑に囲まれた墓地)

(木立の奥に礼拝堂)

(墓地からぶどう畑越しに見るPeynierの街)

(墓地の隣にたつ11世紀の礼拝堂 Chapelle St Pierre)
今日は墓地には入れたが、戦没者記念碑は見つからず。仕方無く街へ。街の西を通って北側にまわり駐車。 (この街はSte-Victoireに正対するちょっとした丘の北側斜面に広がる。歩くのは一昨年の夏以来二度目。1700駐車。ここまで28km程)
そばの郵便局前の壁に戦没者記念プレートがあるのを見つけ撮影。

街中を散歩。

(現在は私立の小中一貫校になってる城館)

(街の東を画す通りから眺めるSte-Victoire)

市庁舎前の通りのプラタナスが茂って強い日差しと相まっていい感じ。

その通りにあったスーパーでコーラを買って飲む。 1€。
この街は全く観光地ではないだろうが、街の通りはきれいに掃除されていて気持ちがいい。入口脇や窓などに花も植えられており、季節もあるだろうがなかなか感じの良い街。猫もいた。








(さっきの市庁舎前の通りを逆方向から。突き当たりが市庁舎)
1725頃、散歩を切り上げ帰途に就く。
Peynier, D56b, D56, Rouset.
隣のRouset [ルーセ] の街もちょっと散歩してみる (1730着。Peynierから4km)。ここも来るのは二度目で、前回もPeynierの後に来た。


音楽学校があったので行ってみると、 Soiré de Music [音楽の夕べ] が今日の20時からあるらしい。

近づいてみると練習をしてるっぽい音が聞こえてきた。
1745発。
Rouset, D56; D46; Châteauneuf-le-Rouge, D7nに並走する道; D7n.

(高速A8と並走するD56 (うちのミシュランの地図だとD46って書いてあるけど、D56が正しいと思う)。逆光で撮るとレンズの汚れがよく分かるんだけど、どうやったらきれいにできるか分からん)
1820帰宅。
全部で51km程。

(2009/05/29/04:43)
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2009/03/17の記録:Valensoleのそばの花の咲く木

今日の地図

昨日Luynes [リュイン] のガラジスト (自動車修理屋) に電話をかけて様子を聞いてみると、問題はブジ (プラグ) で、もう交換したけど、朝になってから様子を見てみる必要があるので今日の十一時半に電話をする様言われた。朝様子を見るってのは、僕が寒いうちはうまくエンジンがかからない事があると言っておいたし、ガラジストの方でも昨日朝それを確かめていたからだと思う。プラグは4年前にドイツの方に行った時にケルンで車が壊れた時に交換した筈だから、4年しか持たないのはちょっと意外な感じはあるけど、症状は確かにその時と一緒だから、そうかなあとも思ってた。プラグってそんなにすぐ駄目になるものなんですかね。
で、今日1130に電話してみたら、なおったから取りに来てって言われたんで、昼休み明けに行きますって言った。昼休み明けは二時か二時半だろうから二時半到着を目指して14時家を出る。バスはあるにはあるんだけど (18番) 一時間に一本も無くて、時刻表確かめるのも面倒なので歩いて行く。そう思ってLuynesの方に歩いて行ってPont de l'Arc [ポン・ド・ラルク] を過ぎた辺りでバスに抜かれた。まあ別にいいんだけどね。
Luynesまでは緩やかに坂を上って行く。

上の写真から10分ちょっと行くと、分かれ道がある。

リュインの街は右の大きな道 (D8n) をそのまま行けばいいんだけど、修理工場は左の細い道を入ったところにある。 300m先から進入禁止 (一方通行) ってなってるけど、その300m先に修理工場があるわけ。
こんな細い道普通誰も通らないんで、修理工場がある事も分からないだろうけど、そこはちゃんと看板が出てる。言われないと看板にも気づかないだろうけどね。

で、看板が上の写真。ちょっと前まではもっと素朴な感じの味のある看板だったのが、知らないうちにこんなことになってた。どのおっさんの趣味だろう。会計担当のお姉さん (多分40台の女性) の趣味ってことは無いだろうな。
30分でつくかと思ったけど40分程掛かった。
取りに来てもらったのに20、工賃が33、ブジが16.24で税とあわせて84.41。予期せぬ出費で痛いには違いないけど、まあ予想通りの金額。日本だったらいくら位するんだろう。取り合えず工場まではJAFでタダにできたけどね。
で、なおったからにはドライブしか無い。そのために車無しの週末を仕事して過ごしたしたわけだしね。 centreまで散歩に行ったりはしたけど。
どこ行くか、ってのは、いつだったか忘れたけど道端の木に花が咲いてるのを見つけて、もう春だって事に気づいて、春という事はあのValensole [ヴァランソール] のそばのD15沿いの思い出の花の咲く木にも花が咲いてる筈だって事に気づいて、行っとかなきゃいけないって思った事をLuynesまでの道で思い出してたので、車に乗った時点では決まってた。 (思い出の花の咲く木についてはここここここ右上の写真参照)
花の咲く木が目的なので行き方は普通に行こうと思ったんだけど、普通に行くとしたらVauvenargues [ヴォーヴナルグ] を通るし、 Vauvenarguesのピカソが埋葬されてるらしい城館がいよいよ公開されるらしいって噂があるので、様子を見ておく事にする。 1440ガラジスト発。
Luynesのガラジスト, Chemin des Frères Gris; D8n; Aix-en-Provence, D10, Vauvenargues.

(D10)
1505 Vauvenargues着。結構遠いな。

(これがピカソの館)

(これが入口)
ピカソの館はまだ公開はしてなくて、でも工事車両みたいなのが入って作業をしてたから、公開に向けて準備してるんじゃないかと思う。帰ってから調べたら公開は今年の夏らしい。
1510 Vauvenargues発。
普通に行こうと思ったけど、途中でD4を通ってD15で北からValensole入りする事を思いついちゃったから、あんまり普通じゃなくなった。で、 Valensoleの南で花の咲く木を見てからそのままD15でAllemagne-en-Provence [アルマーニュ=アン=プロヴァンス] に抜けて、後は真っすぐPeyrolles-en-Provence [ペロール=アン=プロヴァンス]、 Meyrargues [メラルグ]、 Venelles [ヴネール] を通って帰る形で、 Vinon-sur-Verdon [ヴィノン=シュル=ヴェルドン] を中心に8の字を描こう、という趣向になりました。
Vauvenargues, D10; D223; D23; D3, Rians; D23, Ginasservis; D554, Vinon-sur-Verdon; D4; D15, Valensole.

(D23との交差点手前のD223)

(D3と合流する前のD23)

(Rians [リアン] - Ginasservis [ジナセルヴィ] 間のD23だと思う。もしかしたらGinasservisを過ぎたD554かもしれないけど、多分D23)
お気に入りのD4はにいっぱい撮ったからか、全然撮ってない。後続車があって撮るために停まりづらかったのもある。

(D4から入ってすぐのD115とD15の分岐点。左D115はAsse [アス] 川にそってBrunet [ブリュネ] の方へ、右D15はこれから行くValensole方面)

(D15。山火事でもあったのかな。高い樹が無い)


(同じくD15からAsseの谷を見下ろす。二枚目の左の方で、右下から来たAsse川が右上から来たDurance [デュランス] 川に合流する)

(D15でAsseの谷の崖を登りきると台地が広がる。この辺はラヴェンダーで有名なんだけど、写真の辺りはラヴェンダー畑じゃなさそう)

(東の方には、雪を頂いたアルプスの山並みが見渡せる)
1630 Valensole着。 Luynesから92km程。二時間弱で92キロは、いつも目安にしてる時速50キロの計算でぴったりだ。
今日の目的は花の咲く木なので、 Valensoleは通過するだけのつもりだったけど、朝から何も食ってなくて腹が減ったので、パン屋でパンでも買おうと、街を歩いてみる。


ここに来るといつもの事だけど、カフェとかレストランはやってるけどパン屋はやってない (昼休みが長過ぎ)。修理で金使っちゃったとこだし、贅沢はできないので我慢して先に向う事にする。
Valensole, D6; D15, 花の咲く木.
Valensoleから花の咲く木までは5、6分。 1647花の咲く木に再会。

(この坂を上りきって左にカーブを切ると…)

(感激の再会)
三年前、色々あって打ちのめされて、へばりきっていた僕を泣かせた花の咲く木は、今年もきれいな花を咲かせてた。


ただ、幹が二た又三つ又に分かれるところに、去年は無かった筈の裂け目ができてたのが気がかりだ。めちゃくちゃ気がかりだ。

(誰かがちゃんと手当てしてくれればいいけど)
ここに来ると感傷的になるのはいつもの事だけど、樹が怪我をしちゃったみたいなうえに、花の咲いてるとこを見られるのがこれが最後になるかもしれないと思うと、なおさら感傷的になりながら写真を撮りまくった。





充分に名残を惜しんで、 1656、花の咲く木を後にする。
花の咲く木, D15, Allemagne-en-Provence.
かなり腹が減ったのでAllemagneでパン屋を探す。パン屋はすぐに見つかったが、パン屋兼雑貨屋みたいな店で、パンはほとんど残ってなかった。どっちかっていうとしょっぱい系が食べたかったが、そういうのが何も残ってないので、一つだけ残ってたクロワッサン (0.83) を買って食う。
どうでもいいけどこの店の名がBoulangerie Allemagnetteとか、そんな名前で、「アルマーニュの」っていう形容詞は « allemagnet(te) » だって事が分かる。同じアルマーニュでもドイツの場合は « allemand(e) »。同じにはしないところが当たり前と言えば当たり前かもしれないけど面白い。
クロワッサンを食いながら、ついでなのでAllemagneの村を散策。えらいものでクロワッサン一つで空腹感が消えた。なかなか侮れない。



いつものように戦没者記念碑を探したんだけど、見つからない。教会のそばに墓地があって、ここにはこの辺では珍しく戦没者専用墓地ができてた。村の名前が名前だけに、他所以上に重い扱いをしたのかもしれない。その中に記念碑があったのかもしれないが、扉は閉まっていて中には入れず。

(これが戦没者墓地)

(これは隣の多分普通の墓地。奥は教会の屋根)

(とまってたCitroënのVisaの、ウインカーとかのスイッチが面白いことになってたので、失礼して写真を撮らせてもらったけど、窓の反射でよく見えないね。普通の車みたいにハンドルの付け根から棒が伸びてるんじゃなくて、ハンドルの後ろにスイッチの集まった筒型のものがついてる。こういうの他の車でも見た事あるけど、なんだったかな。いっぺんこういうの乗ってみたいけど、慣れるまで戸惑うかも)
1730 Allemagne発。
Allemagne, D952, St-Martin-de-Brômes, Gréoux-les-Bains, Vinon-sur-Verdon, St-Paul-lès-Durance; D96, Peyrolles-en-Provence, Meyrargues (;N96?); Venelles, D63; D17; Éguilles, D18; les Milles, D65, Carrefour.
1850 les MillesのCarrefour着。買い物。
Carrefour, D9a; D65.
1945帰宅。
全部で186km程。

(2009/03/24/23:52)
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2009/02/21-22の記録:Nice行き

Nice [ニース] の方に行って来た。
Niceは、昔日本人の友達がいっぱいいた頃はみんな行きたがるんでしょっちゅう行ったんだけど、みんな帰国しちゃってからはあんまり行かなくなった。前に行ったのは二年前にカーニバルを見に行った時
今回も日本人の友人夫婦がNice旅行に来るっていうので、それに便乗したわけ。僕も一泊だけしてきた。
21日未明に出て、節約のために下道 (基本D7n, DN7, D6007。県ごとに名前が違うだけで全部元のN7) で行って、予定より早めに着いたんで車の中で仮眠をとってから、ホテルに行って、ロビーで0830頃友人夫婦と合流。
荷物を預けてNice市内散策+朝食+昼食。
早めの午後にホテルに戻って部屋で休憩してから、夕方、カーニバル見物に出る。
夕飯を旧市街のレストランでとってからホテルに戻り就寝。
翌日は車でMonaco [モナコ] に行って、王宮を見物した (衛兵の交代を見た) 後、カジノ前に移動して見物。
Menton [マントン] に移動して昼食の後、オレンジ祭り+市内見物。
Èze [エズ] の村を散策してからNiceに戻り、友人達のホテルに荷物を置いてから、今夜も旧市街で夕食。その後解散。
僕はまた下道で帰って来た。

行きは0245発で0600 Nice着、 198km。
帰りは2100 Nice発で2420帰宅、 195km。
全く同じルートなんだけど、行きはNice到着直前で、初めてNiceに行ったときと同じ間違いを犯してちょっと北の方に行っちゃったせいでちょっと長くなってる。それにしても、うちのそばの高速の表示ではNiceまで170kmになってる筈で、下道だと25kmも遠回りってことになるけど、本当かな。
その他色々あわせて全部で466kmほど。大したことないな。


(Nice到着時。まだ真っ暗)

(空が白んできた)

(朝)

(プロムナードデザングレの路駐が有料になるぎりぎり手前の無料のところに運良くとめられた。まあ、そのために朝早く来たんだけど)



(ホテルへ向けて移動。これは中心部付近のプロムナードデザングレ。カーニバル見物用の観客席ができてる)

(友人と合流後、散策。トラムが完成してきれいになってるとこ見るのは初めてだ。工事中はホコリっぽくて酷かったんだけどね)


(今年のロワとレーヌ。だと思う)

(海岸に下りる)


(メセナ広場だっけ、クールサレヤだっけ、名前忘れた。とにかく旧市街の海側の市場で、有名なおばさんのソッカを食った。値段は強気だけど、美味いことは美味いと思う)


(旧市街に入った。この調子でやってるときりがないので後はざっくりと紹介します)


(昼飯を市場沿いのレストランでとってから、一度も登ったことの無かった旧市街と港の間の丘に登る)

(登ったのはこの写真の丘。結構歩いて疲れたのでホテルに戻って休憩。この写真は別にホテルと関係無いです)


(夜はカーニバルを見物)

(翌朝。プロムナードデザングレを歩いて車へ)



(Monaco)



(Menton)

(Èzeはろくな写真が無いのでこれだけ)

(2009/04/05/21:41)
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2009/01/31の記録:St-Antonin-sur-Bayon et Puyloubier

今日の地図

今日で一月が終わる。この前年が明けたと思ったばかりなのに。もう2009年も12分の1が過ぎてしまう。何もしないうちに。そんなの嫌だ。
というわけでドライブに行ってきた。
と言って17時も回ってしまったので、遠くまで行く気は無い (最近こればっかだ)。何となくle Tholonet [ル・トロネ。修道院で有名な « le Thoronet » じゃないので注意] の辺を目標に定めて、 1710、出発。
D17, le Tholonet.

(le Tholonetのプラタナス並木。プラタナスでけー、と思って撮った)

(le Tholonetにあるセザンヌのムーランらしい。いわれは知らない。左側の家の軒、あえて入れて撮ったんだけど、今見たら要らなかった)
le Tholonetまではなんてこと無く着いちゃうんで、これじゃあつまらないと、もう少し行ってみることにする。そう言えば前にPuyloubier [ピュイルビエ] に行った時に、戦没者記念碑が見つからなかったのを思い出し、その時は行かなかった墓地まで行って記念碑の写真を撮って来ることにする (墓地にあるかどうかは不確かなものの、今までの経験からするとまずあるだろうと思った。墓地はミシュランの地図に載ってた)。
le Tholonet; D17; D17f, le Bouquet.

(le Tholonetの先のD17とSte-Victoire [サント=ヴィクトワール])
で、その手前、 le Bouquet [ル・ブーケ] との分岐点に来て、le Bouquetに寄るか否か迷った (ぐずぐずしてると日が暮れちゃうから) が、行ったことないし一応行ってみる事にする。
で、 le Bouquetについてみたら、本当に小さな村。まだ明るければそれでも歩いてみるんだけど、黄昏時によそ者が歩くとかなり不審がられると思ったんで、今日は歩いてみるのはやめた。
le Bouquet, D17f; D17, St-Antonin-sur-Bayon.
St-Antonin-sur-Bayon [サン=タントナン=シュル=バィヨン] も、レジスタンス記念碑は見つけたものの第一次大戦の記念碑は見つけてないので、寄ってみる。ここはSte-Victoireに南から登る人向けの基地みたいになってるので、村の規模の割にでっかいOffice de Tourismeがある。今日も、何組かの団体がちょうど山歩きを終えて帰って来たところみたいだった。
村の方はさっきのle Bouquet並みに小さい。家なんか三四軒しか無い。こっちが役場って書いてあったので入って行ってみたら、建物の中の人に不振そうな目で見られてるのに気づいた。我慢して役場を撮影。

全部見て回るのに2分もかからなかったが、結局記念碑は見つからず。えらい寒い。
St-Antonin, D17; D57, Puyloubier; 番号のふってない道, Puyloubierの墓地.
ぐずぐずしたのでPuyloubierに着く頃にはやっぱり日が暮れてしまったが、取り合えず街を通り過ぎて墓地に直行 (1815)。
当然門は閉まってたが、門の間から覗くと案の定記念碑らしきものが見える。土曜だし、時間も遅いしで期待しなかったが、一応門の脇の小さな扉のノブをまわしてみると、開いた。正直もう真っ暗だし、開かないでくれた方が良かった気もしたが、開いちゃった以上、入る。

(こんなに真っ暗。目を凝らしてみれば真ん中に記念碑が見える (?) 筈)
何となくびびりながら記念碑の方まで進む。別にお化けが恐いってわけじゃなくて (そう言う意味では日本のお墓の方が怖い。西洋のお化けってよくは知らないけど多分腐りかけのおっさんとかで、あんまり怖くないと思うんだけどな。そう言えば昨日TF1でお化け番組やってたけど、やっぱり怖くなかった)、町の若い衆に見つかって不審人物だってことで袋叩きに遭うんじゃないか、って感じで怖かった。こんな時間に変な東洋人が墓地をうろついてたら、どう考えても怪しいからね。それになんか叫び声とか聞こえたし。

(これが噂の戦没者記念碑)
記念碑の奥には、また別の、もっと大きなモニュメントがあった。

これも戦没者を記念するものには違いないが、第一次大戦だけじゃない色々な戦争の戦没者が対象になってる様だ。大きさからするとこの街だけのものではないかもしれない。なんせびびりのあまり焦ってたんで、よく確認はしなかった。また明るいうちに行ってみようと思う。
これで今日の目的は達成だ。寒くなければ街を歩いてみてもいいんだけど、今日はもういいことにして、すっきりした気分で帰途に就く。
Puyloubier, D57; D57b; D7n.
ほんとはD57bって結構楽しい道なんだと思うけど、もう真っ暗でそういう楽しみは無かった。残念。
19時帰宅。
52km程。

(2009/02/01/03:28)
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2008/11/02の記録:Pourcieux

今日の地図

こんなことではいけないと思い、ドライブに行くことにした。
もうすっかり夕方だけど。
このところ全然ドライブに行ってないのだ。昨日Marseille [マルセイユ] に行ったけど、あれはドライブではない。
ドライブの醍醐味は見知らぬ街だ。見知らぬ街に行って歩いてみることだ。
いや、違うか。ドライブの醍醐味は運転にあったんだ。目的地を持つドライブなんかドライブとは呼べぬ、ただ運転する、それが真のドライブだ、というのをポリシーとする様な、僕はそんなストイックなドライビストだった筈だ。友人に、お前の趣味はドライブというより運転だよな、と言われて、それを誇りにしていた程。 (当時の僕はほとんど同じ一周1時間程のルートをほぼ毎日と言うか毎晩、ただ走ってた。興が乗ればそれを二周、三周した。コンビニに寄ることさえ、不純だと思って滅多にしなかった。ただ一カ所立ち寄ることを許していたのが広沢の池。池の畔にトイレがある。池の上には月も出る。泣きたい時には嵯峨野を照らす月を見て泣いたものだ。考えてみればそれももう10年も前のこと)
それがどうだ。最近のドライブときたら、必ず目的地を持っている。まず目的地を定めてから家を出るのが習慣になってしまった程。何たる堕落であることか!
原因は実は分かってる。写真機を持ち歩くようになったことだ。運転してたら写真撮れないからね。あとこのブログ。ただ走っただけじゃ、あんまり書くことがない。仕事のために買ったデジタル写真機と、ほんとはただ記録をしとくためだけに始めた筈のこのブログが、僕をここまで堕落させてしまった。
まあ、それはそれとして、最近は堕落した不純なドライブさえしてないのだ。知らない街を歩いていないのだ。こんなことではいけないと思い、ドライブに行くことにした。
もうすっかり夕方だけど。
でもあんまり遠くには行く気がない。夕方だし。でも近場に行ったこと無い街が思い浮かばない。取り合えず今日は東に行くことだけを決めて、知ーらないまーちを、歩いてみーたーい、どこかちーかーくへ、行きーたーい、と口ずさみながら家を出た。 1645。
で、車に置きっぱなしの地図を見て行き先を探す。行ったこと無い街、ほんとに無いんだよね。近くには。結局、ちょっと今日の気分的には遠すぎるけど、 St-Maximin-la-Ste-Baume [サン=マクシマン=ラ=サント=ボーム] 手前にPourcieuxというまだ行ったこと無い街があるので、そこまで行ってみる事にする。それにしてもこの街読みにくいな。一応「プルシュー」と読んでおくことにする。 (ちなみに辞書で見ると "cieux" は "ciel [=空/天]" の古い複数形あるいは強調形らしく、 "pour" は英語の "for" とか "to" にあたる前置詞だから、「空に向う」みたいな意味があるんじゃないかと思われます)
めんどくさいので行きはD7n/DN7で真っすぐ (堕落の極み ! )。
D7n; DN7; D423, Pourcieux.
結構強い雨が降ってきた、前後ともワイパーが結構活躍する楽しいドライブ。それはいいんだけど、街が近づくにつれちょっと不安になった。知らない街を歩いてみたらずぶ濡れになるじゃないか。まあ、一応傘を持っては来たけど。純粋ドライブには雨は楽しいアクセントだけど、堕落したドライブには雨はむしろ障害になるということに、この時気づいた。堕落者への天の罰か。
1725 Pourcieux着。 33km程。ほぼ一筋街の小さな街だが、車が結構止まっててとめる場所が見つからない。一旦街を行き過ぎてから戻ってきて、街の中心と見られる小さな広場になんとかとめる。雨は止まない。

(先週夏時間終わっちゃったし、 17時半だけどもうほとんど日は暮れちゃってるよ)

(街並。日暮時に人が全くいなくて寂しい。この寂しさはむしろ歓迎だ (った。この時点では))

(車をとめた小さな広場は "Grand Place" という名前で、グラン・プラースだけあって街のバス停があった。写真はバス停にあった街の地図。ほぼ一筋街)
近くに戦没者記念碑があったので撮影。


(暗くなってたせいもあって、ぶれまくった。もう一回撮りに行かなきゃならん。この記念碑のある広場は "Place de la Paix" =「平和広場」)
戦没者記念碑を四方八方から撮影してるうちに雨脚が強まってきた。おまけに雷鳴まで聞こえだした。傘があるから上の方はいいとして、足なんかびしょびしょだ。

(暗い街角に煌煌と明かりを灯しているのは公衆トイレ。外はきれいだけど中はあんまり。 Place de la Paixの向いにありますので、 DN7走行中に緊急事態に陥った場合は、お立ち寄りください。あ、 Pourcieuxの街はDN7からはちょっと外れてて、街のメイン・ストリートはD423になります。DN7はバイパスにあたる感じ)

(Grand Placeに続く小径)
Gland Placeに戻ってさらに反対側へ。この時ちょうどバスが来たんだけど、バスを待ってた家族連れの小さな女の子が雷鳴に驚いて悲鳴をあげて、ちょっと可愛らしかった。でも、雷はほんとに洒落にならないよね。この辺でも誰かが亡くなったって、時々ニュースでやってたりする。街の中は比較的安全だろうけど、それでも、女の子の悲鳴を可愛らしく思いつつ、なんか自分まで怖くなってきた。
とは言え、せっかく知らない街を歩いてみに来たわけだし、怯まず進む。
この辺は街の中心部なんだけど、役場が無い。

(警察と郵便局。役場を探してさらに進む)
ちょっと行くと教会と役場こっち、っていう表示板が見えた。メイン・ストリートからは分岐して行く道の方。そっちに行く。

(教会が見えてきた)

(石造りの味のある教会だ)

(左を見ると洗濯場。プロヴァンスの街にはたいがいある。今はたいてい水は無いんだけどね)

(上の上の写真の奥の方、教会と一部壁を共有して、役場。ここは街と教会が仲良しなのかな)

(奥が教会、右がよく見えないけど役場。きれいにしてあって感じがいい)
この辺はもう街の外れ。役場はほんとに街の端っこの建物。周りに建物は少ない。空間が広い。誰もいない。寂しい。雨がひどい。靴はびしょ濡れ。雷も凄い。怖い。もう帰りたい…。

(街外れの道。人がいない。右に辛うじて写ってるのがさっきの洗濯場の壁)

(小径。人がいない)

(ちょっとモダンなスーパー。人がいない)

(メイン・ストリート。人がいない。さみしいよぉ)
雨に濡れて寒いし、人がいなくて寂しいし、雷はおっかないしで、逃げるようにして車に戻る。こういう時って車は頼もしいよね。うん。もうひとりじゃないし、安心だ。ひとりだけど。
知らない街は歩き足りないんだけど、今日はもういいや。街の人だって、怪しげな東洋人に街中で落雷で死なれても迷惑するだろうし。
最後に、車でちょっと行ってから、街に入って来る時に気になった壁の広告を写真に撮る。

(分かりにくいかもしれないけど、真ん中に縦に "OLIDA" って書かれてあるやつね。こういうの、昔はいっぱいあったんだけどどんどん少なくなってるらしいし、撮り集めておくと面白いと思うんだ)
よし、これで満足。でもないけどまあいい。レッツラゴーだ。 1745。
帰りはちょっとこだわってD6でTrets [トレス]、Meyreuil [メルーィユ] 経由。さっき言ったように、車に戻れば雨は楽しいアクセントだ。ちょっとブレーキ効きづらくて怖かったりしたけど。
Pourcieux, D423; DN7; D6, Trets; D58; Meyreuil, D58h; Chemin de Levesi; Chemin de la Guiramande; D8n.

(Chemin de la Guiramandeから見えたAixの街の明かり。写真じゃあんまり見えないね)
1840帰宅。
70km程。
うち帰って、風呂入ったりしてから、肉と卵と冷凍野菜で飯を食った。不味いけど美味かった。


(2008/11/09/00:23)
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2008/07/03の記録:Beaurecueil

ちょっと近場をドライブ。
1450発。
Chemin du Viaduc; Chemin de la Guiramande; Chemin de Levesi; D58h, Meyreuil.



(以上、 Chemin de la Guiramande)
Meyreuil [メルーィユ] はに来たので、今日はちょっと様子を見ただけで、すぐ次へ。

(Meyreuilの学校。去年撮った写真はこちら。よくある小さな町の学校のように、かつては役場もかねていたと思われる。但し、一番典型的なのは役場部分を真ん中に、左右に女子 (Filles) と男子 (Garçons) という形になってるものだが、ここは右に役場、左に学校という形で、男子と女子が別れていない。典型的な役場兼学校は2007/02/21の記録Lançon-Provenceのもの様な形)
Meyreuil, D58, Beaurecueil.

(D58のD7nを越えた所からみたSte-Victoire)
1530 Beaurecueil [ボールクィユ] 着。
車をとめた教会の前に戦没者記念碑を見付けたので撮影。

Beaurecueil, D46; D17, le Tholonet.
外周を回って、給油をしてから17時前帰宅。
26km程。

(2008/07/05/07:18:40)
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2008/05/29の記録:Trets

ドライブ。何となくTrets [トレス] に行くことにした。
1520発。
D8n; Luynes, D7; Gardanne郊外, D6.
途中雨がかなり強く降って、ワイパーが大活躍で、ワイパー好きとしてはなかなか嬉しかった。
16時着。Tretsについてから、駐車スペースを探して外周を三分の二週くらいして街の北にとめる。
小雨の中散歩。久しぶりだが、見知らぬ街 (二回目だけど) をあてもなく散歩するのはなかなか良いもんだ、と思った。


(奥の木のはえてるのが市庁舎前広場)

中心部の市庁舎前に出てから、前に来た時は行かなかった町の南に行ってみた。すぐに街外れ。そう言えば、市庁舎があるのは、昔の南側の城壁あたる様な場所だったので、市庁舎は旧市街の南端だったはずで、さらに南に行ったら市街地が終わるのも無理は無い。

(街の南の方の風景。写真の左の方にSte-Victoireがあるのだが、今日は雲に隠れて見えない)
南側の郊外を走るD6沿いにカジノがあったので、特に買うものもなかったけどよってみた。何にも買わないのも何だし、ポテトチップス (0.77) でも買うことにして手に取ってから、何となくパンのとこに行ったら、 Carrefourはpain de mieがかなり値上がりしてる (この一年で倍近く) のに対してカジノはそうでもない、って事を思い出して、ついでに買った (賞味期限間近-31日-になってたので半額で0.27)。カジノの安いビール (半ダース1.92) もCarrefourのやつよりも好みなので、買うことにした。この時点で、車が結構遠くにとまってる事を忘れてて、外の駐車場にでもある様なつもりになってた。レジの所で車が遠い事を思い出して、さらにカジノならレジ袋くれると思ってたら、有料になってて、困ったとは思ったが、持てないわけじゃないので、まあ良い事にする。前の前のおばさんが財布忘れたみたいで、かなり待たされた。ちなみにレジは一つしか稼働してなかった。ビールとpain de mieとポテトチップスと傘を抱えながら車に戻る。大して重いわけでもないけど、荷物があると体力を使うのか、ずいぶん身体が熱くなって、汗ばんできて大変だった。
車にビールと食パンと傘と、ついでに上に羽織ってたシャツを置いて、ポテトチップスを食いながら、散歩の続き。今度は北の方の郊外を歩いてみた。小学校があって、ちょっと日本の学校と似てる感じがした。


(街の北の駐車場。奥左に見える建物がこの街のシャトーらしい)
ルノー4の結構新しいのがあって、じろじろ見た。いっぺんあのシフトレバーを動かしてみたいもんだ。西側の外周を歩いてまた市庁舎前広場に出てから車に戻る。
1710発。
Trets, D6; D12; D56a; D56; D57; D57b; D56c; D17, le Tholonet.

(D56a)



(以上D57。三枚目の写真、正面はSte-Victoireなんだけど、雲がかかってて良く見えない。この辺、ラジオで燃料高騰のニュースが流れてて、ドライブしてる身としては複雑な気分だった。あと、リールで新婦が処女であるというのが嘘であった事を理由に結婚が取り消された事がイスラムのコミュノタリスムと関連づけて批判され、スキャンダルになっているとの事)

(D57bから見える崖。この辺の土は赤い。地層が見える)

(D56cから見えるぶどう畑)




(D56cはSte-Victoireの南麓の丘のかなり急な斜面を登って行く。雲の中を登って行くのは、イギリスの田舎でもドライブしてるみたいで楽しかった)

(Ste-Victoireの山肌にかなり近づいた)

(D17から。右はSte-Victoireの崖だが、正面に見える丘に三年前に友人と登って、遭難しかけた)
1815帰宅。
67km程。

(2008/05/30/02:16:35)
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2008/03/29の記録:Valensole et D15

給油してからドライブ。 Vauvenargues [ヴォーヴナルグ] 手前でラジオが入りにくくなった所から、久しぶりにiPodをかけながらドライブした。
1110発。
D10; D223; D23; Rians, D3; D23, Ginasservis; D554; Vinon-sur-Verdon, D952; Gréoux-les-Bains, D8, Valensole.

(D10。Vauvenargues手前)

(D10。県境手前)

(去年夏に来たD8沿いのラヴェンダー畑)

(Valensole [ヴァランソール] の街)
Valensoleの手前から真心ブラザーズが掛かってた。
1250 Valensole着。ここまで78km程。
街を散策。






1310発。

(さっきと別な角度から)
Valensole, D6; D15. 思い出の桜の様な木 (2006/04/02の記録参照) の所で写真を撮る。

ちなみにこれが二年前の写真。あれから色々あったり無かったりした月日が嘘の様だ。

花は咲いてない。散ったのかと思ったが、上の二年前の写真は4月に入ってからなので、そうではなく、まだ咲いてない様だ。

この少し先に去年夏に来た一面のラヴェンダー畑。

さらに少し先の、去年夏はひまわり畑だった谷間はこんな感じ。

D15, Allemagne-en-Provence, Albiosc, Quinson.

(Allemagne-en-Pce [アルマーニュ=アン=プロヴァンス] の城)

(Albiosc [アルビオスク] とQuinson [カンゾン] の間では山火事でもあった様で、木が枯れ、禿げ山が続いていた)
Quinsonの村外れの役場前に戦没者記念碑を見つけたので写真を撮る。

Quinson, D11; D13, Montmeyan.
Montmeyan [モンメイヤン] で役場が見えたので撮影。

Montmeyan, D13; D71, Tavernes.
Tavernes [タヴェルヌ] でも戦没者記念碑を撮影。この辺からChara。

Tavernes, D554, Barjols.
Barjols [バルジョル] の町中の広場の真ん中に記念碑が見えたので寄ってみるが、これは1904年に建立されたもので、その後レジスタンスの記念碑とされたようだ。

(右のおじさんはペタンクの練習中)
街外れに墓地があったので寄ってみる。

(墓地と、その向こうに街)
普仏戦争のモニュメントはあったが、第一次大戦のものは見つからなかった。
Barjols, D560, Brue-Auriac.
Brue-Auriac [ブリュ=オーリアック] でも戦没者記念碑を見つけ、寄る。役場と教会が非常に細長い広場をはさんで向かい合っており、その教会側に記念碑。教会前を県道が横切っている。

(記念碑と、その後ろを通る県道の向こうに教会)

(反対方向。記念碑が左端。大通りの様に見える細長い広場の向こうの建物が役場の入ってる建物)
Brue-Auriac, D560, St-Maximin-la-Ste-Baume.
Allemagne辺りでSt-Maximin [サン=マクシマン=ラ=サント=ボーム] でケバブを食おうと思い立っていたので、歩いてみるが、ケバブ屋が見つからない。


(相変わらずでかい教会と街並)
この前ここに来た時に歩かなかった街の南の方や西の方を歩いてみたが、見つからない。諦めてAixまで我慢する事にする。
St-Maximin, DN7; D7n.
いつものただの所にスペースが見つからなかったので、かなり南の方 (les 2 frèresより南) に止めcentreまで歩く。青いケバブ屋でシャワルマを買い、 Cours Mirabeauで食う。

不動産屋に結構興味深い物件 (St-Sauveurそばで455だったかな) が出てた。ハリサをつけてもらいすぎたせいで口の中がひりひりしたので、モノプリに行ってコーラ (0€56) を買って飲んだ。
18時帰宅。
194km程。

(2008/03/30/02:52:51)
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2007/08/25の記録:Venelles, Mayrargues et Peyrolles

ドライブ。
いつもの様にどこに行くか決めかねたが、いつもの様に出発が遅くなり、いつもの様に遠くに行く気がしなかったので、適当な距離にあるPeyrolles-en-Provence [ペロール=アン=プロヴァンス] を目標に定める。 1615発。
Avenue Jules Isaac; Ancienne route des Alpes; les Platanes, D96, Venelles.
Venelles [ヴネール?] で市庁舎前に戦没者記念碑を見つけたが第二次大戦やアルジェリア戦争のものと同じ時につくられているのでよそにもあるんじゃないかと思って、墓地に行ってみた。


墓地は遠かった。墓地では数人の人がいて大きな花なんかを持って出たり入ったりしてたので、取り込み中に邪魔をするのはやめた方がいいと思って、中を見るのはあきらめた。外から見た感じでは無さそうだった。

(遠慮がちに墓地を撮影)
Venelles, D96, Meyrargues.
Meyrargues [メラルグ] は丘の上と言うより丘の麓に広がった街だが、丘の上に結構立派な館が見える。

Meyrarguesの街に入ってメインストリートを進むと、街の中心の交差点に記念碑を見つけたので車を止め、写真を撮ったあと、教会や、古い地区と思われる坂道をちょっと歩いた。そのまま登れば館に出そうだったが、面倒なので行かなかった。




市庁舎が見つからなかったので結構歩いたが、結局見つからない。車で先に行こうとすると街の入口付近に市庁舎があったので撮影。

Meyrargues, D96, Peyrolles-en-Provence.
Peyrollesにはいるとすぐに右側に墓地があったので、寄ってみると、扉に鍵は掛かってなかったので中に入る。オベリスク型の戦没者記念碑があった。

街の規模の割に質素だし、プレートの感じ (第一次と第二次の大戦の戦没者名が同じプレートに彫られており、同時につくられたと思われる) や碑文 (NOS MORTS GLORIEUXと書かれているだけ) から、何となく違和感は覚えたが、とりあえず見つけられたことには満足した。
街中に入り車を止め、探索。 D96沿いの広場に、墓地のものより立派な戦没者記念碑を発見。墓地のを見て違和感を覚えた自分の勘の良さにちょっと感心した。なかなか経験を積んで来たねえ、と思った。

こちらのは、正面と背面に碑文があり、背面の方が通常の文句に近いPEYROLLES A SES ENFANTS GLORIEUXというものであり、正面は鶏に隠れて見にくいが、ちょっと珍しいAUX COMBATTANTS DE LA GRANDE GUERREというもの。左右の面に戦没者の名簿のプレートが貼られているが、その上にもLES ENFANTS DE PEYROLLES MORTS POUR LA FRANCEと書かれてあり、なかなか凝った仕上がり。満足して、教会、市庁舎を捜す。城壁、城門があり、その中が旧市街の様だ。教会も市庁舎もその中にあると表示板に書かれてる。

猫がいっぱいいる。



教会も市庁舎もちょっと見つけづらかったが、まず市庁舎を発見。街の規模の割にかなり立派な建物。

教会は、規模は普通だが古そうだ。

車に戻る途中でかなり喉が渇いたので、 D96沿いのSPARでシュウェップスのインディアントニックを1€で買って飲む。予想した味と違った。最近ドライブする度に飲み物を買ってる。午後も深まった黄昏の雰囲気のせいか、なんかやたらと疲れた感じがした。
Peyrollesを歩いてる頃ちょうどOM対Caenの試合をやってたんだけど、カフェだか家だかから歓声が聞こえたので、 OMが点とったことが分かってちょっといい気分だった。今シーズン始まって5試合目だが、まだ勝ってなかったし (結果は2-1でなんとか勝った。相手は格下だし点とられずに勝ってほしかった。ちなみに言うとCaenは僕が唯一見に行ったOMの試合の際の相手。その時はひどい負け方をした。 Caenは多分2部に落ちてたはずだから、そのとき以来の対戦じゃないかと思う。そういう意味ではリベンジだ。さえないけど)。

(D96沿いにはこんな礼拝堂がある)
今日のドライブはもともとPeyrollesまでのつもりだったので、これで終わりして帰途に就く。
普通に帰るつもりだったがPeyrollesを出てすぐにお気に入りのD15を通りたくなってそっちに行く。やっぱりD15は良い。

(黄昏のD15。左のプラタナス並木はD96。ってこと前にも書いた気がするんで探してみたらここにあった。今回とは逆方向からD15を来たからD96は右になってる)
ただ、考えてみればこの辺を通る時いっつもD15を通ってるのでかえってD96の記憶がないのに気づいて、特にD96とD561の分岐がどこでどうなってるかの記憶がなかったので、 D15をA51のPertuisインターの所まで行ってからD556をD561との交差点まで行き、 D561をMeyrargues方面に戻ってD96との分岐を確認 (さっきMeyrarguesの街を出てD96に出たのと同じ交差点だった。考えてみればさっき通った時そのことに気づいてた様な気もする) したあと引き返してD561からD15gでSt-Canadet [サン=カナデ] の方へ。

(有名?なD561のプラタナス並木)
ついでにSt-Canadetにも寄りたくなったので寄る。 (Peyrolles, D96; D15; D556; D561, Meyrargueの入口, (引き返して) D561; D15g; D13, St-Canadet)。
St-Canadetはかなり小さな村で、教会と学校は見つかったが役場は見つけられなかった。

(村の家並。奥が教会)
村の広場に地図があって、そこに教会と学校、墓地の位置は描いてあったが役場は描いてなかった。別の街と統合して役場は無いのかもしれんとも思ったが、村の表示板には、そういう場合に大概書いてある「どこそこのコミューンの一部」であることを示す但し書きは無かったので、よく分からん。記念碑も村の中には無かったので、せっかく地図に書いてあるし遠くもなさそうなので、郊外の墓地まで歩いて行ってみる。もう遅い時間だったが墓地の扉の鍵は開いてたので遠慮がちに中に入って探すと記念碑があった。嬉しかった。記念碑の写真を撮っているとおばさんが一人花を持って入って来て、こっちを見てちょっと怪訝な顔をしたので、気まずかったが、記念碑撮影に集中する。質素だがなかなか感じの良い記念碑。

(記念碑 (左側手前) の向こうに東リュベロンの平原が広がる)
満足して帰る。
St-Canadet, D13; D63; Chemin des Lauves; Avenue Paul Cézanne (セザンヌのアトリエの道).
1925帰宅。
69km程。

(2007/09/18/21:30:36)
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