ciguwerao

2009/04/26の記録:Lourmarinの谷とOppède等

今日の地図

天気が悪いので取りやめにしようかとも思ったが、雨のドライブも乙なもんだと思い直して、最近仕入れたLourmarin [ルールマラン] からBonnieux [ボニュー] への谷間の道 (D943) が通行止めになってるとの未確認情報が本当かどうか確かめに行く。1415発。
D9, les MillesのCarrefour.
Carrefourで給油。
les Milles, D65; D18; D543, Éguilles, Rognes; D943, Cadenet, Lourmarin.
Cadenet [カドネ] 手前くらいで、 Apt [アプト] 方面3.5トン以上は迂回、という黄色の表示が出ていたので、何かあったのは確かだが現時点ではもう普通車は通れそうだと予想できた。

(車内から。黄色に黒字の行き先表示板は工事その他で臨時に迂回路が設定された場合にその迂回路を示すために出る。 « Déviation » と書いてあることが多い)
ちなみに迂回路はCavaillon [カヴァイヨン] 経由で、地図を見ればたしかにそれしか無いんだけど、ひどい迂回だ。 CadenetからAptだったら多分一時間くらい余計に掛かると思う。
現場はLourmarinからちょっと北に行った所で、小さな橋が崩れたらしく新しい仮の橋が渡されていた (あるいは崖沿いの道なので、道路が崩落し、崩れた部分に橋を渡す感じになったのかもしれない)。その部分は仮の信号が設けられていて交互通行。

さらに進むともう一カ所交互通行の箇所があったが、そちらは特に崩れた様には見えなかった。

ただ、その手前に、普通に通れた区間だが、ガードレール代わりの石積みの塀が崩れている場所もあり、この辺一帯で何か災害があって広い範囲で被害が出たのは確かの様だ。未確認情報の日付は二月中旬だったと思うが (僕がそれを見たのは最近)、二月にそんな災害が出る様な大雨とか嵐とかあったかな。記憶に無い。
とりあえず通行止めの件は、大型車は駄目だけど普通車は通れるようになってることが確認できた。
これで今日のミッションは達成だけど、トイレに行きたくなったこともあってとりあえずそのままBonnieuxを目指す。
D943; D36, Bonnieux.
1525 Bonnieux着。ここまで54km。
小雨の中、駐車場下のトイレに行く。

(駐車場からの眺め (北方向)。トイレはこの下)
トイレはきれいではないが汚くもないといった感じだが、手を洗えるようになっていない。潔癖性なわけじゃないけどなんか気になったので、フォンテエヌ (泉 or 噴水 or 水汲み場) でも無いかと探しながら散策。


フォンテエヌ見つからず。と言うか、 Office de Tourisme前のフォンテエヌは水がとまってた。仕方無いので車のそばに生えてたアジサイの葉っぱの雨露で手を洗った。気休め。花はもう終わりかけ。
この後の予定を、行ったことの無いOppède [オペード] に行ってから迂回路指定のCavaillon経由で帰るという方向で定める。ついでに途中のLacoste [ラコスト] とMénerbes [メネルブ] でまだ見つけてない戦没者記念碑を見つけておくことにする。Lacosteへ向けて走り出したが、 Bonnieuxの街の端っこに水の出てるフォンテエヌを見つけ、寄って手を洗う。
Bonnieux, D3; D109, Lacoste.

(D3をLacoste方向にちょっと行ったところから見上げるBonnieuxの街。変に傾いててみてると気持ち悪くなる写真だ)

(かなりLacosteに近づいてから振り返るBonnieuxの街。多分D109に入ってからだったと思うけど、もう忘れた)
1605 Lacoste着。 Bonnieuxから10km。
村の中には記念碑は無かったと思うので、村の下の交差点で地図を見て墓地を探すと、うまい具合に近くにあった。
地図だと墓地は北と南の両方が道に接していて、入口は北側っぽく思えたので、南の方が近かったがまずは北側を目指して行ってみる。が、それらしいものが見当たらない。
引き返して南側に戻ると見つかった。北側を目指して通り過ぎたときなんで見つからなかったのかと思う。
墓地の中に予想通り記念碑も見つかる。非常にシンプルで格調高いオベリスク型記念碑。石の古び方も味がある。

Lacosteはこれでよし。次のMénerbesは、前に来た際丘の上にある街から下を見下ろした時にそれらしいものが見えた記憶があったので、簡単に見つかるだろうと高をくくって行く。
Lacoste; D106; D3, Ménerbes.
Ménerbesの街の下の、まずは南側の道を通ってみる。
記念碑は見つかるが、どうやらレジスタンスの記念碑の様で、探している第一次大戦のものではなかった。

前に見下ろしたのがこれかどうか半信半疑で、街の下の探索を続けるが見つからず。
たまたま見つかった街の方に上って行く道を行き、街入口付近に駐車。 1635。 Lacosteから10km。
街中は前に歩いたので予定していなかったが、とりあえず前に記念碑を見下ろしたとこに行ってみようと思う。で、街の中を歩いてみたわけだけど、記念碑はもちろん見つからないし、前に見下ろしたのがどこだかもよく分からず。おそらくさっきの記念碑を見下ろしたんだろうと判断しておく。



(役場)

(役場横広場)

(上の写真の時計塔の裏から見る西北方向の眺め)
古い十二世紀だかの教会 (良く覚えていないので不確か。もっと新しかったかも。いずれにしろ、いまは改修工事中だった) の奥に小さな墓地があったが入れず。

(墓地の入口はなかなか味がある)

(教会)
この墓地は小さいので記念碑があるかどうかは分からないので、記念碑あるいは他の墓地を探して歩く。

(教会の脇から街の西の端っこを眺める。あの家どうやって行けるのか分からん)
結局記念碑も別の墓地も見つからなかったんだけど、探す過程で17世紀の礼拝堂 (Chapel Notre Dame des Grâces) ってのを発見。これが軽快でなかなか良い。

窓にガラスがはまっていたので覗いてみると、何やら中の壁に絵が描いてある。ガラスが汚れていて肉眼ではよく見えなかったが、写真機をガラスに引っ付けて一応撮っておいた。

いま写真を見ると、結構新しめの様式の絵のように思うんだけど、どうだろう。絵はともかくとして、この礼拝堂は、珍しく奥行きよりも横幅の方があったりしてなかなか良いです。

(礼拝堂裏は車の墓場)
Ménerbesの街の中にはドラ・マールが1944から1997まで住んでいたという家なんかもあった。 Luberon [リュベロン] は昔っからパリの金持が来るところだったんだね。

小雨が続いていることもあり、記念碑探索はまたも断念ということで、先に進む。
1705発。
Ménerbes, D188; D29; D176, Oppède-le-Vieux.
Oppèdeには南のLuberon山脈の崖の中腹にある古い村と北の平地にある新しい村とがある様で、観光地はもちろん古い村の方。遠くから見てなかなか面白そうに思えたので、古い村の方に行ってみるが、駐車場が3€掛かる上に大雨になって来たので今日は散策は取りやめにした。ただ、まだオフシーズンだし駐車場にとめたとしてお金とられたかどうかは分からんけどね。 (1720についてすぐにまた出発。 ここまでMénerbesから10km。今日は全部10km刻みだ)


(外から見るOppède-le-Vieux)
Oppède-le-Vieux, D178, Oppède (Village).
ついでなんで新しい村の方も通り過ぎるだけは通り過ぎておこうと行ってみると、役場の並びの小学校前に戦没者記念碑が見つかる。ラッキーだ。


(後ろが学校なんだけど、真ん中に市庁舎があって左右に女子向け、男子向けの学校を備えるっていうのが、フランスの田舎の市庁舎の典型的デザインでこの建物もそれを踏襲している。記念碑が真ん前に建ってるところからしても、昔は真ん中は役場だったのかなあ、とも思うが、その真ん中に « ECOLES COMMUNALES » って大きく彫り込んであって、その文字も古びてる。最初っからこういうデザインの学校だったのかもしれない。ちなみにエコールが複数になってるのは男子校女子校の二つって意味だと思う)

(これがすぐ隣にある市庁舎。建物は新しめだけどデザインは典型を踏襲してる。ただ、本来学校になる筈の部分が小さすぎるけどね)
Oppède, D178; D3; ?; Maubec, D29; D2, Robion.
隣のMaubec [モベーク] でも戦没者記念碑が見つかりはしないかと通り過ぎてみるが、そう思い通りには行かない。でも次のRobion [ロビオン] では、街の手前に墓地が見えたので寄ってみると、記念碑があった。

これもなかなかシンプルなオベリスク。ただ下の方に装飾が多い。
どうも今日は時々あるそういう調子の日らしく、またトイレに行きたくなったので、 Robionの街のOffice de Tourisme前の駐車場に車をとめる。 (Robion着は1750。 Oppèdeから8kmくらい)
予想通り近くにトイレがある表示があったので、ほっとして行ってみるが見つからない。
ゴミ箱の上に猫がいたので遊ぶ。

一時の雨脚は弱まったとはいえ、まだ小雨が続いていて、猫は結構濡れてた。寒くないのかな。
で、トイレは結局猫のいたゴミ箱の横の小さな建物らしいんだけど、扉が閉まってて入れない。
諦めてCavaillonでカフェにでも行くことにして車に戻る。

(Robionの街並)
18時過ぎ発。
Robion, D2; D973 (Cavaillon外周), Cavaillon西南の橋のたもとのロンポワン脇のマクドナルド.
Cavaillon郊外で高速A7入口表示に従って行った先のどっかのロンポワン脇にマクドナルドがあるとの看板を見つけたので、街中に入るの面倒だし、マクドナルドでいいことにしてA7表示に従って外周を時計回りでほぼ半周。
St-Rémy-de-Provence [サン=レミ=ド=プロヴァンス] だとかSalon-de-Provence [サロン=ド=プロヴァンス] だとかAix-en-Provence [エクサン=プロヴァンス] の方に通じる橋 (なんたらプロヴァンスだらけなのはたまたま)、つまりDurance [デュランス] を南岸に渡る橋のたもとのロンポワン脇に無事マクドナルドを発見。寄る。(1820。Robionから11km)
メニューを見るとチーズバーガーとシェイクがともに0.95と安い (ハンバーガーは1.20だから、チーズバーガーが安いのは特別なキャンペーンでもやってるんだろう)。非常に好都合。
レジが混んでたので先にトイレを済ませてからレジへ。チーズバーガー二つとシェイクを頼むと、あいにくシェークは売り切れとのこと。マクドナルドと言えばシェイクなんだから、十分な量を用意しといてもらいたいものだ。
思わず代わりにコーラを頼んじゃったけど、 P (=S) なのに1.70もした。その上炭酸がかなり抜けてた。車に水はあることだし、別にコーラ要らなかったな、と後悔しつつ、チーズバーガーを食いながら地図で帰り道を検討。
何度も通ったことのあるCavaillon西南の橋とCadenet南の橋の間にもう一本、 Bouches-du-Rhône [ブーシュ=デュ=ローヌ] 側のMallemort [マルモール] に通じる橋がある (D32-D23e:県境だから道番号が変わる) のに気づき、まだ渡ったことが無いのでこれを渡って帰ることにする。
マクドナルド, D973 (?:外周道路); D31; Cheval-Blanc, D973; D32, 橋.
この橋、他の多くの橋と同じように、昔からある橋の脇に新しく道路用の橋を架けた様なんだけど、珍しいことに昔の橋が、ぼろぼろとはいえまだ残ってる。ついでに橋から見えるMallemortの街がなかなか魅惑的。


(車内から)
完全に穴場だけど面白いところだ。少なくともCadenetの橋よりはずっといい。ちょっと興奮したんで、古い橋のたもとに行ってみる。



まあ当然だろうけど、しっかりと封鎖してあって、渡れはしない (橋桁や橋板は木製で、かなり朽ちてきてた)。でも橋守の家 (いまも普通に誰かが住んでるみたい) だったんだろう家があったりして、風情がある。

おまけにそばになぜか白馬が一人でいた。

(さっきCheval-Blanc [シュヴァル=ブラン:白馬の意味] って街を通ったばかりだけに印象的。小雨降りしきる緑の中で、かっこ良く見えた。後ろに見えるMallemortの街もいい感じだが、レンズに水滴が着いてたのが残念だ)
Mallemortは前に一遍給油をしに郊外のスーパーに寄ったことがあっただけで、完全にノーマークだったけど、なかなか由緒のありそうな街だ。今日はもう遅いからやめるけど、今度行ってみようと思う。
橋, D23e; D23f; D23; Mallemort, D23; D7n, Lambesc; St-Cannat, D18; D17; Éguilles, D18; les Milles, D65.
2050帰宅。
165km程。

(2009/05/17/22:11)
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2009/04/10の記録:Puyricard

Aix-en-Provence [エクサン=プロヴァンス] の北にPuyricard [ピュイリカール] という街がある。 Puyricardで検索すると、チョコレートの話が書かれた日本語のサイトだのブログだのがいっぱい見つかる。最初は偶然一致しただけかと思ってたのだが、ちゃんと読んでみるとAixがどうのこうのと書いてあったりして、まさにあのPuyricardに日本でも知られている程有名なチョコレート屋さんがあるらしい。
実際、この前Valensole [ヴァランソール] の方に行った帰りにPuyricard南のD63を走っていたら、ショコラティエはこっちですよ、という案内板が出ていた。
そんなに有名なんならいつか見に行ったろ、とその時思ったのだが、ちょうど今度Lyon [リヨン] で行われる友人の誕生会に参加することになった。そのプレゼントとしてPuyricardのチョコレートを持って行ったら、ちょっと話の種にできると思い、 Puyricardまで行ってみた。
1320発。
D8n; Luynes, D7; les Milles , D65; D18; D543, Éguilles, D63; Puyricard西郊外の道, チョコレート屋.
この前案内板を見ていたので分かっていたのだが、チョコレート屋はPuyricardの街の西、ちょっと離れたところにある。
ドライブも兼ねて遠回りして行ったので20kmくらいかな (真っすぐ行けば10kmくらいだと思う)。 30分足らず掛かった。

でも、あんまり店っぽくないし、何よりひとけが全く無い。昼休みだからかとも思ったが、よく看板を見ると「ここは工場で直接販売はしてません。御用のある方だけ」みたいなことが書いてあった。がっかりだよ。
なーんだつまんねーの、と思ったが、 Puyricardの街に行けばお店があるかもしれんと思いなおし、行ってみる事にする。
工場, 町内の道, Puyricard.
Puyricardは何遍か来たことあって、もうも済ませてるんだけど、一応チョコレート屋を探して歩いてみる。

(これが中心の市庁舎前広場。ちゃんとペタンクおじさんもいる)


(街並はきれいにしてあって、感じのいい街ではある)

(東の街外れにはこんな新興住宅街が。 Aixのベッドタウンということだろう)
小さな街なのですぐ端から端まで歩けちゃったんだけど、チョコレート屋はなかった。まあ、こんな小さな街だからね。つまんないの。 Aixに店があるのは知ってる (Palais de Justice [裁判所] の裏の辺) んだけど、 Aixで買ったってつまんないんだよな。ちゃんと本場で買ってきましたよ、ってのがアピールになるのに。
がっかりして、帰途に就く。
Puyricard, D14a; D14; Aix外周.

(Puyricardの方 (北) からAixの外周に突き当たったところの信号に引っかかったんで撮ってみた。塔はCathédrale St-Sauveurの鐘楼)
そうは言いつつも、 Aixで買って行こうかと思わないでもなかったんで、 Aix外周を通って駐車スペースを探したけど見つからなかった。遠くにとめてまで買いに行く気力がなかったので諦めて帰る。
1440くらい帰宅。
全部で35km程。

(2009/05/17/05:55)
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2009/04/04の記録:Cucuron

今日の地図

この前行きそびれたCucuron [キュキュロン] に行く。
道はあえて普通に行くことにしたが、そのせいでAix [エクス] のRue de la République [レピュブリーク通り] が渋滞してるのに巻き込まれえらい目にあった。
D7n; D543, Rogne; D943; Cadenet, D45; D56, Vaugine.
D45までは普通に、その先Vaugines [ヴォージーヌ] に寄って行くことにして、少し遠回り。

(Vaugines手前のD45)
1638 Vaugines着。ちょうど40km。
前に来た時に戦没者記念碑を見つけられなかったので、それを念頭に置きながら散策。


村の中にはやっぱり見当たらず、村外れに墓地が見えたのでそちらを目指す。
前にも見た村外れの小さな教会の脇にも小さな墓地があるが、そこからやや離れて大きな墓地があった。

一見して記念碑はなさそうに見えたが、墓地のすみに三色旗がたなびいているのに気づき、よく見てみると、墓地の塀に添えるように戦没者記念プレートを収めたガラスの扉付のケースが立てられていた。


Vauginesはきれいな村で、裕福そうな観光客が多数散策していて、やっぱりLuberon [リュベロン] には金が落ちてるなあと思わされた。
1655 Vauginesを後にしてCucuronに移動。
Vaugines, D56, Cucuron.
17時着。すぐ近くなのでヘーこいてる暇も無い。
こんな街なのに駐車場がいっぱいで、道沿いにもスペースが見つからない。他所から人がいっぱい来てるってことだろう。なんとか車をとめて散歩。
ずっと前、確か車を買って最初のドライブできたときは、ちょっと埃っぽいイメージだったが、今日は手入れもそれなりに行き届いた、きれいに装われた街という印象。

(役場)

(この自転車少年、直後にお母ちゃんに危険走行を怒られる)
Office de Tourismeの地図を見て、とりあえず教会の方へ。教会の後ろが高台になってるので、そこから街を一望してみる。まあ、一望と言う程でもなかった。

教会へ。英語を喋る家族連れとフランス語の家族連れが見物してた。


(これ、教会入ってすぐの左側の壁にあるんだけど、女の子に説明してたフランス語のおばさんによると、とってもとっても古いものらしい)
教会を出て、さっき通り過ぎたミュゼが無料の様だから入ってみる。日本では郷土資料館と呼ばれる感じのもの。この辺の古代の遺物から、中世を通って19世紀くらいの話まで、なかなか時間的には壮大な展示。

(仕事柄19世紀 (20世紀前半だったかも) の教室の様子や教科書の展示なんかが気になった)
さっきのフランス語の家族連れが入って来て、おじさんおばさんが子供に解説しだしたのでそれを横から聞いてみた。なかなか物識りだ。おじさんは鉄器の説明とかするが女の子は無関心。おばさんはエメラルドだったか、宝石の解説をしだし、こっちには食いついてた。
ミュゼの後、腹が減ったのでパン屋に入ってラルドンのキッシュを買って食った。うまかった。いくらだったか忘れた。


最初に来たときの記憶だと確か細長い街の両端に見晴らしのきく高台があった筈なので、もう片方の方に行ってみる。こっちはちゃんと一望できた。

だいたい街は歩き尽くした感じだが、さっきも書いたけど、街並にちゃんと手が入ってるなあという印象。裏に回ると行き届かない部分もあるにはあるけど、表通りはきれいになってる。東プロヴァンスの方の村や街の雰囲気とはどこか違う。やっぱりこの辺にはお金が落ちてるんだろうな、とまた感じた。
観光客の誘致に成功してるっていうのもあるだろうけど、パリやロンドンやニューヨークなんかでガッポリ稼いだ人たちがプロヴァンスに別荘を買ったり、早めにリタイアして住み着いたり、という話はよく聞く。昔通った語学学校の先生も、 LuberonはProvenceというよりパリの人たちの土地だ、と言っていたし。実際ぴりっとしたシャツを着て今風のサングラスをかけ、北の方のナンバーの高級車に乗ったおじさんに道を聞かれた。普通の観光客よりもむしろそういう人たちのお金で、この辺の街や村がきれいになってるんじゃないか。
東プロヴァンス内陸部の方は、そういう人たちの手が、まだ伸びていないのだろう。確かに魅力的ではあるんだけど、もっと埃っぽく薄汚れて、どこか寂しげで、疲弊と倦怠と言うか、沈滞した空気に包まれているように思う。田舎の素朴な村というのは、多分そっちなのだろう。
Luberonはおそらく素朴ではない。ここにあるのは素朴を装うスノビズムなのではないか。
そして、僕がより強く魅力を感じるのは、残念ながらLuberonの方だ。
そう考えるとなんか嫌になっちゃった。考え過ぎかもしれないけどさ。

(よく分からないかもしれないけど奥の建物なんかは最近改修工事をしたっぽく壁がきれい。家の前の植木も手入れが行き届いてる)

(確かこの池のある広場沿いに、ムニュで100ユーロ以上する様なレストランがあった筈。ただし最初に来たときの記憶で、今回は確認せず)
で、街中には戦没者記念碑が見つからなかったので墓地を探す。街の郊外をちょっと探して歩き、たまたま見つかった地図を見て街の東に墓地を見つける。

(なんで唯一の写真にゴミ箱を入れちゃうかね)
せっかく苦労して墓地まで来たのに記念碑は墓地の中にも無かった。と言って街中を更に探し歩く気力は無かったので、帰途に就く。


喉が渇いたので出発前にちょうど車をとめたとこのそばにあったSPARでコーラを買って飲む。 1€。
1805発。
帰りもAnsouis [アンスイ]、 Pertuis [ペルテュイ]、 Venelles [ヴネール] 経由で普通に。
Cucuron, D56, Ansouis.
Ansouis手前で墓地を見つけたので中を見てみるが戦没者記念碑は見つからず。

気をつけながら村の下の道を走っていると、交差点脇の広場に記念碑が見つかったので撮影。

Ansouis, D56, Pertuis.
Pertuisでは未だに良く頭に入ってない中心部の道の走り方を確認しようと西の橋のところから入ってみたが、一通がいっぱいあってやっぱりよく分からなかった。でもそのお陰でに見つけられなかった戦没者記念碑が見つかった。駅の方から街の南の端の道を西へ行く道沿いに広場 (公園) ができてて、そこにあった。写真機のバッテリーがぎりぎりだったがなんとか撮れた。

Pertuis, D956; D556; D96, Venelles, les Platanes; Aix外周; A51; D9, Carrefour (les Milles).
外周から真っすぐカジノの方まで行って左折、南に抜けて高速経由でCarrefourまで。
1915 Carrefour着。買い物。
2005帰宅。
全部で89km程。

(2009/05/01/23:43)
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2009/03/07の記録:la Tour-d'Aigues

今日の地図

Cucuron [キュキュロン] に行こうと思う。
1730発。
D96, les Platanes, Venelles; D556; D956; Pertuis; D973; D956, la Tour-d'Aigues.

(D556からD956への変わり目。つまり県境。県境はDurance川)
Pertuis [ペルテュイ] からはAnsouis [アンスイ] の方に行こうと思ってたのだが、道を間違えてla Tour-d'Aigues [ラ・トゥール=デーグ] の方に行くD956に乗ってしまう。 la Tour-d'Aiguesは行ったことなかったので、そっちを通ってCucuronを目指す事にする。
la Tour-d'Aiguesをそのまま通過してしまうか、寄っていくか迷ったが、街中に入って駐車場こちら、の表示板を見て瞬間的にこの街を見て行こうという気になる。同時に、もう遅いので今日はCucuronは諦める。

(la Tour-d'Aiguesに到着して、車の中から撮った写真。この直後、ここを見てく事を決断した)
1820着。ここまで30km。
la Tour-d'Aiguesの街を散策。
車をとめたのはなんかでっかい廃墟の前の駐車場で、車をとめて案内板を見ると、 Château de la Tour-d'Aigueと書いてある。廃墟ではあるがそんなに古くなさそう。十六、七世紀と書いてあったと思うが、案内板の前には中年夫婦がいて熱心に読んでいたので、僕はちらちら横から見るしか無く、よく覚えてない。


城を囲む堀の中でおっちゃん達がペタンク。

(縮小した写真じゃ分からないだろうけど、ちょうど投げられたボールが飛んでるところ)
城館の向かいの建物の前では猫がじゃれあってた。

城館脇 (こっちが正面かもしれないけど) に戦没者記念碑を見つけ撮影。

見上げると月。

車で通った教会や市庁舎の方に行ってみる。

(市庁舎はこの奥)

城館横の記念碑は第一次、第二次大戦が併記されているので、第一次大戦のためだけに建てられたものが墓地にあったりしないかと思い、墓地に行きたく思う。ちょうど墓地の方向を示す表示板を見つけ、もう日が暮れそうな事もあって、散策は切り上げて車に戻り、墓地を目指す。
墓地は街外れにすぐ見つかった。
中には記念碑らしき立派なモニュメントは見えなかったが、小さめの、周りの墓石と代わらないくらいのモニュメントが入口付近にあり、それが戦没者記念碑だった。


こちらは確かに第一次大戦の死者が対象のものだが、名簿は無い、非常に簡素なもの。判断が難しい。奥にもっと大きいものが無いかと行ってみるが見当たらず。

墓地を出、墓地手前にあった礼拝堂が魅力的だったので撮影。


ついでに愛車も魅力的に見えたので撮影。

(暗いからぼけた)
城館の前の記念碑に、いつ建立されたか書いてないか見に行くが、書いてない。第二次大戦前に建立され、後に碑銘の部分だけ改めたんじゃないかと思ったからなんだけど、建立日時が書いてないんじゃ判断つかない。まあ、碑銘の部分はプレートがはめられている形なので、碑の建立自体は第二次大戦前という見当は当たってるんじゃないかと思う。

1850、la Tour-d'Aiguesを後にする。
帰りはCucuronは諦めるにせよ、来た道を戻るのはつまらないし、 Ansouis辺は通って行きたいと思ったので、取り合えず西の方へ。
la Tour-d'Aigues, D120; D135; D9; D135; D37, Ansuis; D135; D182; D37; Villelaure; Cadenet, D943; D543, Rognes; D15; D14c; D14.
20時帰宅。
全部で82km程。
車をとめてからうちに帰る途中で写真機落っことし、電池とメモリーが外れて三つが別々に転がった。フィルムの写真だったらこれで撮ったのがぱあだけど、デジカメはその点便利だね。写真機に傷がついたけど、試し撮りしても普通に撮れるし、貫禄がついたとポジティヴに捉える事にする。

(2009/03/14/02:26)
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2008/11/16の記録:Bonnieux

今日の地図

ドライブ。久しぶりにBonnieux [ボニュー] に行くことにする。
1345発。
どういうルートで行くか特に考えずに、取り合えず変態的な行き方で行ってやろうとだけ決めて出発。
D8n, Luynes; D59; D65; D543, Éguilles; D7n; St-Cannat, D18; D15; Rognes, D66; Lambesc, D67a; 分岐する行き止まりの道, Monuments aux Héros et Martyrs de la Résistance.
Éguilles [エグィユ] まで行くのに、いつもの様にD7; D18と行かずに、 D8nをちょっと先まで行ってD59でPole d'activité [ポール・ダクティヴィテ] を抜けて ; D65; D543 と行くのが一つ目の工夫。

(D543から見えるÉguillesの街)
Éguillesを抜けてからは普通にD543をそのまま行くつもりだったが、それじゃあ全然変態的でもないし、急にずいぶん長い事通ってないD67aを通りたくなったので、 D7nを左折、 St-Cannat [サン=カナ] 方面へ。それならÉguillesからD18で行けば良かったけど、仕方無い。引き返すのは嫌だからね。 Lambesc [ランベスク] までは素直にD7nを行くつもりだったけど、 St-Cannat手前で右にD18が分岐してるのを見て、そっちに行きたくなったので、またルート変更。 D18からD15でRognes [ローニュ] に入って、そっからD66でLambescへ行くという、めちゃめちゃ遠回りのまさに変態的な行き方を思いついて、大変満足。






(以上全てD66。やっぱりD66はいいね。最後の写真はぶどう畑の看板。 "Domaine de Valfont" と書いてある)
Lambescの街はちょっと工事してたりしてごちゃごちゃした。 D67aに入ると、街を出てからも所々に、この先に "Monuments aux Héros et Martyrs de la Résistance" がある事を示す表示板が立ってる。ずいぶん前にLambescの街を歩いた時に、街中で同じ表示板を見て、それに従ってちょっと街外れに行ったら墓地があって、そこに戦没者記念碑があった。その時は、表示板が示してるのはその墓地の記念碑だと思ったんだけど、違ったみたい。街からずいぶん離れたところにもレジスタンスのモニュメントがあるみたいだ。せっかくだから行ってみる事にする。

(D67aはこんな細い道。左右はやっぱりぶどう畑)

(さらに行くと山道に入る。この山道はかなり急)
Lambescとla Roque-d'Anthéron [ラ・ローク=ダンテロン] の街の間に東西に伸びる山脈をD67aは越えて行くわけだけど、そのちょうど峠辺りで分岐があって、左に峰づたいに行くとモニュメントがある様だ。つまり山のてっぺんにある。

(東北方の眺め)

(ズーム。写ってる街は川 (Durance [デュランス]) より向こうだからCadenet [カドネ] と思われる)

(モニュメントへ通じる道はこんな感じ)

(さっきとは逆、西南方の眺めだと思うけどよく分からないや。西南であってるとするとLambescの街は左の方にある筈)
分岐点から五、六分進んで、 1515、モニュメント前に到着。

(駐車場に立ってた立て札。「忘れないで! このモニュメントに名前が刻まれている方々には、敬意が払われるべきです」「この場所であなたの自由のために亡くなった方々がいました。彼らに敬意を払い、この地を大切にしましょう」)



(モニュメント。中央の、手で顔を覆った女性像 (マリアンヌ?) が印象的)
モニュメントの周りはきれいに手入れがされていて、ちょうど人がいなくなった事もあって、荘厳な雰囲気。ただ、ピクニックをしてたらしい家族連れが僕と入れ替わりに帰っていくところだった。モニュメントまで来る道の途中にも結構車が止まっていて、みんな多分山歩きを楽しんでいるんだと思う。荘厳と言っても、近寄りがたいという風でもない。山のてっぺんの開けた場所で、広々としてて気持ちいいし。
1525発。
Monuments, 行き止まりの道; D67a; la Roque-d'Anthéron, D561a, Abbaye de Silvacane.
モニュメントの山から下って行くD67aはかなり急な道。 2速じゃまだ甘くて、 1速のエンブレをきかせて下る。

la Roqueで、 Sénanque [セナンク]、 le Thoronet [ル・トロネ] と並んでプロヴァンスの三姉妹として有名な修道院、 Abbaye de Silvacane [アべイ・ド・シルヴァカーヌ] の前を通るD561aにうまく入れた。この道、行こうと思うとなかなか見つからないのよね。どうでもいい時に限って、うまく見つかる。
で、今日もどうでも良かったんだけど、修道院の駐車場の前で、せっかくだから写真だけでも、と思って、寄る。どうも駐車場は本来有料らしく(2€)、係の兄ちゃんがいた。めんどくさいから行っちゃおうかとも思ったが、兄ちゃんが近づいてきたので「写真を撮りたいだけなんだけど…」と言ったら、端の方にタダでとめさせてくれた。犬と遊んでたりして、結構気のいい兄ちゃんだ。
で、撮った写真がこれ。手前に塀があってうまく撮れない。

この修道院好きなんだよね。 8年前に一遍入ったっきりだけど。 le Thoronetのは回廊に階段があって瞑想の邪魔になるし、 Sénanqueのは現役のくせに (現役だからこそかも) なんか商売っ気が強い感じがするし、何よりも観光客が多くてやかましい。なんでここは観光客がそこまでいないのかは分からないけど (ラヴェンダーが無いせいかな?)、お陰で静かで落ち着いてて、三姉妹の中では一番好きだ。入場料は6.50で、学割なら4.50。思ったより安い。一回友人と来て、高いから入るのやめた事があったんだけど、そのときより値下げしてるんじゃないかな。いずれにしても今日は写真だけ。
Abbaye, D561a; D561; D543; D943, Cadenet, Lourmarin; D36, Bonnieux.
もう変態的なルートは十分な気がしたし、道を考えるの面倒なので、 Silvacaneからはものすごく普通。


(以上D943。ものすごく普通でもこんな感じ。この辺は崖登りの人たちの聖地らしいですぞ)
1615、やっとBonnieuxに着いた。ここまで86km。普通に来たら50kmくらいなんだけど、遠回りしたからね。

(とりあえず)
一旦村の東の方に行ってみてから (おじいさんに道を渡るのに手を貸してくれと言われたので、手を貸した)、下の方に降りてみる。



(パンづくり博物館)

(おじいさんはこの噴水の前の石段に腰掛けて休んでた)

(東の方に行ってみたのは、この谷間を見下ろした事無かったな、と思ったからなんだけど、なんて事無かった)

(さっきと逆の方向から)

(ここを降りてく)

(この坂、いつもは猫がいっぱいいるんだけど、今日は一匹しかいなかった。寒いからかな)

(この前Pourcieuxで見つけたミニスーパー「CocciMarket」がここにもあった。ちっさい村を中心に展開してるチェーンなのかな)
まずOffice de Tourismeの辺をちょっと歩いてから、さらに降りて下の教会前へ。

(この辺で英語を喋る集団の女の子からにっこり笑顔でボンジュールを言われた。さすがアメリカ人はフレンドリーだな)




(こういう十字架、ほとんど全ての村や街の、特に入口付近にあるんだけど、どういういわれのものなんだろう。ご存知の方、ご教示下さい)


(下の教会)

(下の教会から上の教会を見上げる。真ん中に小さく写ってるんだけど木が邪魔で見にくいね)

(ちょっと坂を上ると駐車場の下に公衆トイレがある。結構きれい)
その後、いつものように上の教会の前まで登って見晴らしを楽しんでから帰途に就く。



(どんどん坂を登る)

(お約束の写真)

(上の教会の下から下の教会を見下ろす)

(石壁の向こうに隣町、 Lacoste [ラコスト] が写ってるんだけど、縮小したらよく見えない)

(もういいことにして、坂を下って車に戻る)

(一遍泊まってみたいと思ってるんだけど、多分それが実現する事はないだろうホテル)
1645発。
Bonnieux, D36; D943, Lourmarin,(; D118;) Cadenet; D543; D561; St-Estève-Janson, D66; D543, Rgnes; D15; D14c; D14.
帰りはSt-Estève-Janson [サン=テステーヴ=ジャンソン] に回ってD66を通ってみた以外は至って普通に帰った。

(St-Estèveからちょっと行ったところのD66。この先荒涼とした風景が広がるんだけど、それにふさわしい感じの写真のように思う。暗くて良く見えないけどね)
18時過ぎ帰宅。
140km程。
今回は写真をアップしすぎた。もっと取捨選択しなきゃいかん。

(2008/12/04/03:00)
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2008/09/19の記録:散歩の後Aixの北の郊外をちょっとドライブ

今日の地図

散歩の後Aix [エクス] の北の郊外をちょっとドライブ。

またケバブが食いたくなった。実は明後日からスペイン旅行なんで、この時点での外食は自粛すべきじゃないかとも思ったが、うちに残ってる食材の関係もあって、まあいいことにした。ちょうど正午だし、夏休みも終わったPalais de Justice [裁判所] の方のケバブ屋も営業を再開したに違いないので、散歩がてら出掛ける。

昼休みは路駐がタダなのでcentre [中心部] の方に行くが、 Rotonde [ロトンド] 周辺は空きスペースが無い。 Cours Mirabeau [クール・ミラボー] を通ってそのままPalais de Justice前まで行っちゃおうとするが、ちょうどロワ・ルネ像の辺で何かイベントをやってるらしく通行止め。 Palais de Justice前まで車で行くのは諦め、映画館 (セザンヌ) の辺からRotondeに戻り、結局いつもとめてる道のちょっとcentreよりのぎりぎり有料ゾーンにとめる。

早速Palais de Justiceの方のケバブ屋に向うが、ついでなのでイベントをやってたらしいCours Mirabeauのどんつき (ロワ・ルネ像の辺) を通ってみた。なんやらよう分からんかったが、電動スクーターとか書いてあったりして、スクータじゃなくて電動車椅子やらセグウェイやらを使ったパフォーマンスみたいなことをやってた。いづれにしろよく分からん。


(イベント会場)


(セグウェイおばさん。ただ試乗させてもらってるおばさんかと思ったら、何やらパフォーマンスらしき動きをしていた様に思う。けど思い違いかもしれない。この他に電動車椅子の男女がいて、そっちは確かにパフォーマンスをやってた。セグウェイおばさんは写真撮っただけでその後よく見てなかった)


(Palais de Justice前広場にとまってた新チンクエチェント。名前だけで実際は全然チンクエチェントじゃないのはどうかと思う (よく知らないけどどうせ1200とか1400とかなんでしょ、って意味です)。どうせ復活させるならほんとにチンクエチェントにすればいいのに、と思うんだけど、皆さんはどう思ってるんだろう。まあ、それじゃあ売れないんだろうけど)


(内装はさすがにかっこいい。外見は正直どうでもいいんだけど、この内装は欲しいなあ)

ケバブを買って食う。丸パンが無いというので、久しぶりにガレット(平たいやつで包む)にした。ここは青い店と違って、パンの種類にかかわらず4€のまま。久しぶりだったけど、ここののが美味い、と思う。最近ずっと丸パンにしてたけど、ここのはガレットが美味い。肉もいっぱいだし。やっぱここだな。ただし、汁っ気が多いので手とか口の周りとか、気をつけないと服とかが汚れる。

食いながら、市庁舎のちょっと南の、ちょうどマルシェが終わった所の広場を通って、 Cours Mirabeauに戻る。

(Cours Mirabeau)

食い終わって、さてどうするかということになって、ぶらぶらと、新しくできた商業地区に行って服屋だとかfnacだとかを見て回る。そう言えば最近H&Mが日本にも進出したとかで、行列ができたってニュースを見た。行列する程のもんなのか、これは、と思って、今までとは違う関心を持って見に行ってみた。確かに安くていいんだろうね、若者には、と思った。

思いのほか長いことぶらぶらした後、 14時前に車に戻り、帰ろうかと思ったが、ちょっとドライブする気になる。どこ行くか、となって、最近北の方に行ってないので、北の郊外をちょっとドライブしてくることにする。

D96; D63c.








(このブログでも前々から何度も紹介してるけど、以上D63c。幹線道路であるD96が並行して走ってるので、わざわざ通ろうと思わなきゃ通る必要の無い道なんだけど、ミシュランお勧めだけあって、なかなか悪くない。僕とミシュランは結構気が合うみたいだ)

D63c; D63b.


(今度はD63b沿い。ぶどう畑の向こうに見えるVenelles [ヴネール] の町)


(反対側を見ると、分かりにくいと思うけど、 Ste-Victoire [サント=ヴィクトワール] がてっぺんの部分だけ見える。こういうのは初めて見た、というか、初めて気づいた。なかなか面白い)


(拡大してみると、 La Croix de Provence [ラ・クロワ・ド・プロヴァンス=プロヴァンスの十字] がはっきり見える)


(D63bと愛車とSte-Victoire)


(ぶどう畑の真ん中に白い車。以上がD63b沿い。 D63bに入ってからはミシュランお勧めじゃなくなるんだけど、こっちも悪くない。ミシュランは森の中を行く道が好きなんですね)

D63b; D13a; D63; Venelles郊外, D96 (D63とD96の交差点のはずがちょっとずれててまっすぐ行きたくても一旦D96に入らないといけないんだけど、表示板が無いから一回間違えて反対のAixの町の方に行っちゃってから気づいて引き返した); D63; Chemin des Lauves; Avenue Paul Cézanne (最後の二つは名前が変わるだけで同じ道。セザンヌのアトリエの道).


(さっきとは微妙に角度が変わって、表情を変えるSte-Victoire。このChemin des Lauvesからは要所要所でSte-Victoireがよく見えて、その都度表情が微妙に変わるので、サンヴィクファンにはたまらない道だと思う。 Aixの街からだとセザンヌのアトリエの道をまっすぐ北上するだけだから迷わないと思いますよ)


(傾く愛車とSte-Victoire)




(少しずつ表情を変えるSte-Victoire。周りの風景が変わっとるだけじゃないか、と言われたらそんな気もする。まあそれでもいいや)


(これ、上の最後のと同じ所からの写真ですが、ピンぼけしてるせいでちょっと絵っぽくないですか?と思ったけど、縮小したらあんま上と変わんなかったですね)

このChmin des LauvesがAvenue Paul Cézanne (=セザンヌのアトリエの道) と名前が変わってすぐにセザンヌがSte-Victoireを描きに何度も訪れたという丘があって、ちょっと整備されて観光スポットになってます。と言ってもあんまり知られてないし表示板も小さくて目立たないので人は少ないし、結構穴場です。ちょうど昨日だかおとついだかにたまたま南仏を旅行された方のブログ等で触れられてるのを見て、結構皆さん気に入られていたみたいなので、せっかくなので寄ってみることにした。というか、そこに寄るためにこの道を選んだんだけど。

Aixの街からだと何度も言う様にセザンヌのアトリエの道をそのまままっすぐ北上します。バスだと1番か20番の北行きに乗ってMarguerite [マルゲリート] のバス停で降りて、ちょっとAixの方に戻った西側 (Aixの街に向って右) にあります。




(僕の愛車はまあいいとして、バス停と、その場所を示す表示板 (写真右端の茶色い表示板) とその表示板の示す先にある石段。表示板には « Terrain des Peintres » [Peintresは画家。 Terrainは土地とか場所とかグラウンドとか。上手い訳語が思いつきません。「絵描きたちの広場」とかでしょうか? ちょっと違う気もする。画家が複数ってことは、セザンヌだけじゃないんですね] と書いてあります。多分もっと街寄りの場所にも同じことを書いた表示板があると思います。車はバス停のさらに北にとめたのでバス停の写真は北からAixの方を向いて撮ってます。表示板は南 (Aixの街がわ) から撮ってるのでちょっと分かりにくいかな。歩いて行った場合はバス停まで行く必要はありません)

【Terrain des Peintresについては2009/05/21の記録でも書きました。そっちには地図の写真もあるので行ってみようという方はご参照ください】

石段を登る。石段脇の木陰には、スクーターで乗り付けた青春まっただ中の男子二人が何やら熱い議論を闘わせてた。女の話に違いない。


(石段の先は段々畑みたいな感じの公園になっていて、登りきったてっぺんにはこの様に、セザンヌがここでこんな絵を描きました、っていう絵の写真が並んでます)


(振り返るとこの写真の様な景色が見えます)

ここに来んのは久しぶりだけど、さすがにSte-Victoireがよく見える。ただ、はっきり言ってSte-Victoireがよく見える所はAixの周辺には結構あるから、ここのいい所はむしろ、その手前に広がる景観だろうと思う。セザンヌ好きの人にとっては、セザンヌがまさにここで描いた、ってところがいいんだろうけど。

石段を上りきったちょっとした広場から、右の方に遊歩道みたいのが続いてる。遊歩道って言っても、せいぜい100mくらいのもので、行き着く先は住宅地の中。



(遊歩道)


(行き着く先。このロンポワン、前にも来たなあ。そのときは死にそうなくらい落ち込んでて、少しでも気分を晴らしたくて、むなしい妄想をふくらませたりなんかしながら一時間くらいかけてうちから歩いてきた。あれから何も状況は改善してないんだけど、まあ、低い所に落ち着いて精神の平安を得てしまってる、ってとこだろうか。なんか悲しくなってきた)


(ちょっと感じのいい家。上の遊歩道の写真に写ってる家の庭がわです。これ撮った時、俺、グーグルと同じことしてる、って思った。いくら道から見えるからって、人んち覗くのはいい趣味じゃないよね)

石段の上の広場からだとちょっと木が邪魔になるなあ、と思ってたんだけど、この遊歩道からの方がSte-Victoireがむしろ良く見えることに気づいた。遊歩道沿いにも「セザンヌはここから描いた」って看板が出てたし。

(その、セザンヌが描いたという場所からの写真)


(ズームでとったら絵っぽくなった。色遣いがセザンヌっぽい)


(セザンヌの絵は最終的にはこんなに抽象的になっちゃったらしいけど)



(段々畑みたいな公園ってのはこんな感じです。近所の人が犬を連れてくるので糞が落ちてます。気をつけましょう。ここに限らずフランスにいる間じゅう気をつけましょう)

車に戻り、 Avenue Paul Cézanneをそのまま下って、外周からセクスチウス、 Rotondeを抜けて帰って来た。


(セクスチウスの信号待ちの間に撮った先代ラグーナ。やっぱかっこいいよね、先代)

1525帰宅。

32km程。

思いがけず (距離じゃなくて時間的に) 長いドライブになった。それもなんかSte-Victoire三昧だった。 で、車を降りてうちに帰ろうと歩き出したら正面にSte-Victoire。

ここからの写真、何度も上げてるけど、悪くないですよね。セザンヌも北の方ばっかじゃなくてこっちの方にも来てくれれば良かったのに。でも、山はいいけど景観がいまいちだね。やっぱり。

関係無いけど、うちの前の道の真ん中に死にかけのハリネズミが落ちてた。呼吸でお腹が動くのでまだ生きてはいるんだけど、もう助からないだろう。お腹以外は全く動かない。死臭を嗅ぎ付けたのか蝿が周りを飛んでた。ハリネズミを見るの、多分生まれて初めてじゃないかと思うけど、初めての対面がこんな形になるとは思わなかった。

(2008/09/19/23:25)

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2008/07/20の記録:l'Isle-sur-la-Sorgue, Avignon et Gordes

友人四人とリル=シュル=ラ=ソルグ、アヴィニョン、ゴルドへ行く。
l'Isle-sur-la-Sorgueのアンティーク市を見に行くのが1つの目的なので、早起きして0800発。
D7n; D63; D14a; Puyricard, D14; D14c; D15; D543, Rognes; D943, Cadenet, Lourmarin; D36; Bonnieux; D3; D103; D900; D901, l'Isle-sur-la-Sorgue.
0950着。
l'Isle-sur-la-Sorgue辺は渋滞する程混んでいて、ちょっと街から離れた所まで行かないと駐車スペースが見つからなかった。とめる時に後ろの木にぶつけた。まだ車のサイズを把握しきれてないというのは残念な事。
街では何か祭りのような事をやっている様で、混んでるのはそのせいみたいだ。


行事はなんかやけにのんびりと進むので、特に良く見たりはしなかった。
市は確かに立ってるけど、アンティークではなく普通のマルシェ。まあそれでもいいので、人ごみの中のんびり見物。

(教会。思ったよりでかい)
ただ、あいにく今日は天気が悪く、途中ひどい雨が降ってきたので、急遽カフェに入って休憩したりした。

(カフェの中から)

(天気が悪い)
アンティーク市は、街の中じゃなくて外周道路沿いでやっていたが、あんまり大したことなかったように思う。これくらいのやつならAix [エクス] のCours Mirabeau [クール・ミラボー] でも時々やってる。別の日に来ればもっとちゃんとしたやつがやっているのだろうか。
それでも結構長い事見物して、正午過ぎ車に戻りAvignonへ。
l'Isle-sur-la-Sorgue, D901, Avignon.
30分もかからないと思ったが、道が混んでた事もあり思ったよりもかかった。
Avignonでは思ったのと違う道で城壁の中に入ったので、駐車場探しに手間取ってから、 les Halles [レ・アール] の立体駐車場に駐車。
「地球の歩き方」に乗ってるレストランで昼食をと思ったが、日曜休みの所が多く、結局市庁舎前のレストランで食事。僕はムールフリットを食ったが、肉が小さくしょっぱすぎていまいち。
近くに住む友人の友人と合流。初めて組ともう来た事ある組に分かれ、初めて組はパレドパプを見に行く。僕は二度程入った事あるので、今日は入らず、他の二人と街をぶらついた後、パレドパプ正面のカフェでだべる。


(カフェから。天候はまだ多少不安定だが、かなり回復)
その後、橋を見に行くが、そこでも僕ら三人は入らず、外でだべって初めて組を待つ。安ければ入ろうかと思ったのだが、結構高かった。

(橋)




(城壁)
18時過ぎ、車に戻り、Fontaine-de-Vaucluse [フォンテーヌ=ド=ヴォークリューズ] 経由でGordesに向う。
Avignon, D901; l'Isle-sur-la-Sorgue; D938; D25; Fontaine-de-Vaucluse, D100a; D100; Cabrières-d'Avignon, D110, les Imberts (この辺不確か); D2, Gordes.
1850着。
いつものようにまず村の外から村を眺める。

(これまで撮った事無い角度から)
そのあと村の中に入ってちょっと散策。



1930頃帰途に就く。
Gordes, D2; D103; D900; D36 (この辺不確か), Bonnieux; D943, Lourmarin, Cadenet; D543, Rognes; D7n.
Géantで給油してから解散。
2130帰宅。
222km程。

(2008/07/26/22:56:18)
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2008/07/19の記録:Tour de France見物 (Apt et D907)

一昨年最初にツールドフランスを見に行ったときは、これが最後のチャンスかもしれないなんぞと思っていたが、去年は二日続けて見に行ったし、なんだかんだで今年も見物に行く。
当初はBrunet [ブリュネ] そばのD907とD108の交差点で観戦の予定だったが、正午前にネットで今日のコースを見ていて、二カ所回れそうに思われたので、急遽Apt [アプト] にまず行く事にする。
1205発。
D9; les Milles, D18; D543, Éguilles, Rognes; D943, Cadenet, Lourmarin, Apt.
1309着。ここまで60km。





(以上選手たちを待つAptの街の様子)
1412頃、先頭集団通過。

1418頃、二番手大集団通過。



これで選手は終わり。やや遅れて、1426頃、 Fin de Courseの車が通過するのを確認してから、次の観戦ポイントに決めていたBrunetの方を目指す。

Apt, D943; Lourmarin, D27; D45; D135; Ansouis, D56, Pertuis.
Pertuis [ペルテュイ] に着いた頃に、すでに1510くらいになっており、もう間に合わない事をほぼ確信したので、帰ろうかとも思ったが、見当がどれくらい違っていたのか確認するためにも、現場の様子を見ておくためにも、一応行ってみる事にする。
Pertuis, D973, la Bastidonne, Mirabeau; D996(N96?); D4096, Manosque.
ちょうどManosque [マノスク] に着いた頃、見に行こうと思っていた所の手前のD4-D907交差点の予想通過時刻、1539になった。
Manosque, D907; D4, D907との交差点。
交差点着は1559。ここまでうちから148km。つまりAptからは88kmくらい。かなり遠かった。20分の遅刻。
ちょうど、見に来ていた人たちが選手の通過を見終えて帰途に就くために、車に乗って動き出す所で、渋滞してた。何もない田舎の交差点だが、結構人が集まってた様だ。オランダ、ベルギーを中心に、外国ナンバーが多い。

予定ではAsse川の対岸のD15をBrunetの方まで行くつもりだったが、せっかくだし、選手たちを追う様にD907を行ってみた。


(選手たち通過後20分くらいのD907)
見ようと思ってたD907とD108との交差点までは、思ったより遠く、さらに15分程かかった。

(Asse川の対岸の崖に張り付くようなBrunetの村)
交差点の様子を見て、 Brunetの方へ。

(交差点から西方向。選手たちは奥から手前に抜けていった)

(反対方向。奥には、明日、明後日選手たちが越えていくだろうアルプスの山並みが見える。と思う)

(D108から見た交差点)
交差点, D108; D115との交差点, Brunetの村の方へ登る番号の振ってない道, Brunet.
Asse川は思ったより大きく、水遊びする子供がいた。
ついでなのでBrunetの村を散策する事にする。
その前に、村へ登っていく道沿いに戦没者記念碑があったので撮影。

(左端。右上に見えるのは役場)
20分程村を散策。

(役場は村の外、道路沿い)



(家並み。三枚目の写真、陰になってて見にくい右側の家からおじさんが出てきたんで、挨拶した後、この村人口どれくらいですか?って聞いたら、 300人から350人くらいとの返事。二桁の数字が出るかと思ってたので、そんなに多いのかと怪しく思ったけど、今ウィキペディアで調べてみたら、 1999年に218人。おじさんの300は多すぎるけど、僕の予想も少なすぎた様だ。ちなみにおじさんのTシャツには「東京-TOKYO」とでっかく書いてあって、その事を何か言ってくるかと思ったが、特に何も無し)
車に戻ろうと村の入口の坂を下りていくと、洗車したての愛車が日光に輝いてやけにきれいに見えたので、思わず撮影。この写真を掲げて売りに出せばそれなりの値段で売れるんじゃないかと思った。

(ブログ用に縮小したらあんまりきれいじゃなくて残念。これじゃ売れないか。ちなみに希望の値段は500。まだ当分は売らないけどね)
車に乗ろうとした所で観光客に英語で尋ねられる。英語が全然出ないでアホみたいだった。 "Can you speak English?" って聞かれて « Oui, un peu. » って答えてた。全然ウイじゃないじゃん。「ブリュネはこの村で、その道は知らないけど、小さな村だからすぐ分かると思う」と答えたけど、伝わったかな。
Brunet, 番号の振ってない道; D8; Valensole, D6; D15.
Valensole [ヴァランソール] からは、最初は普通の道で帰ろうと思っていたが、ここまで来たらまたD15の思い出の木 (ブログ右上の写真参照) の様子を見ておきたくなったので、 D15経由でAllemagne-en-Provence [アルマーニュ=アン=プロヴァンス] 方面を目指す。
3月以来で、久しぶりという程でもなかったから感激は内輪だったが、それでも夏にちゃんと見るのは初めてだし、馴染みの木に会うのはやっぱり懐かしいし、なかなか嬉しかった。

もうラベンダーのシーズンは終わってると思うが、台地の上で標高が高いだけに、この辺りはまだラベンダー畑のラベンダーが刈られずに残っていた。
ちょっと先の一面のラベンダー畑も、まだ大部分は残ってた。

(手前は刈られているが、この辺りではまだ残っている部分の方が広い)


(ラベンダー畑のちょっと先のD15)
D15; Allemagne-en-Provence, D952, Gréoux-les-Bains; Vinon-sur-Verdon, D554; D23, Ginasservis; D3, Rians; D23; D223; D10, Vauvenargues.
ケバブが食いたくなったので、ちょうど駐車スペースが見つかったセクスチウスにとめ、いつもの青いケバブ屋でシャワルマを買って食う。最初にこの店に入ったときに決め手となった、僕の好きな雰囲気の無口なおじさんが久しぶりに担当だったが、 50サンチーム値上げして4€50になってた。 Cours Mirabeauの石のベンチに座って食う。ちょうど北側が日影になっていて、なかなかいい気分。赤ん坊に見つめられたが、何とも楽しそうで嬉しそうで、こっちまで楽しい気持ちになれた。
給油してから1945帰宅。
262km程。
うちの前に、最近またよく現れるようになった小さい猫がいたので少し遊ぶ。

(小さいから最初は子猫だと思っていたが、三年経っても小さいまま)
昨日洗車したのに、早速窓に虫の屍骸が付いて汚くなったのを遺憾に思い、窓だけ拭いた。

(2008/07/20/05:11:08)
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2008/06/02の記録:la Durance

最近雷雨の夜が続いていた。
天気の良い日に夜になると天気が崩れることもあり、朝からずっと雨という日もありで、いずれにしろ毎晩の様に雨が降り、雷鳴が聞こえていた。
おとついかその前の夜のニュースで、雨続きによる洪水のニュースがやっていて、 デュランスがどうのこうのと言うの話が出た。最初は遠くの話だと思っていたのでよく聞いてなかったのだが、 Duranceの話が出て急に身近になって真面目に聞き出したんだけど、どこら辺の話をしてたのかはよく分からなかった。
で、 France2のサイトでなら20時のニュースは何時でも何回でも見られるので、落ち着いて見直してみたら、一カ所についての話ではなくフランス各地で洪水が起きているらしく、その一つとしてDuranceの水位が上がってるということだった。それもオート・アルプの話だったので、 Duranceと言ってもかなり遠くの話ではあった。とは言え、上流の水位が上がってれば、下流でもそれなりの水量にはなってるだろうし、 Duranceは大河のはずなのに水量の多い所を見た記憶がなく、かなり広い川原のごく一部をちょろちょろ流れている所しか見た記憶がなかったので、水位の高くなってる所を見に行ってこようと思い立った。
ほんとはもっと遠くの、 Oraison [オレゾン] 辺りまで行ってこようと思っていたのだが、寝過ごして遅くなったので、一番近い、いつも通ってるCadenet [カドネ] の手前の橋まで行ってきた。
1720発。
D14; D15; le Puy-Ste-Réparade, D561b, D561との交差点.

(D14)
le Puy-Ste-Réparade [ル・ピュイ=サント=レパラード] の街の中の道の走り具合がよく分かってなくて、最初街を通り過ぎて行きたい方向とは逆の、街の東側のD561との交差点に出てしまった。地図を見ると、北の郊外をD561 (バイパス) が通っていて、街中を東西にD561b (多分旧道) が通っており、街の東西に両者の合流/分岐点がある。南から来たD14はD15と合流した後東にカーブして街に入り、街の中で自然にMeyrargues方面 (東) 向きでD561bと合流する。気づかぬうちにD561bに乗ってバイパスとの合流点まで来てしまったって事。もっと早い段階で、むしろ街に入る前に左折しなきゃいけなかったというわけだ。ここまで来ちゃえばD561を左に行けば良いだけではあるが、悔しいので、正しい行き方を確認するために街の方に引き返す。
D561b; le Puy市街, D15; 番号の振ってない道; D561b; D561; D943.

(D561bをle Puyの街に引き返すとこ)


(以上番号の振ってない道)

(番号の振ってない道からD561bに戻った所)
1830 Cadenet南の橋に到着。一旦Vaucluse側に渡ったけど、車とめるスペースがなかったので引き返して、 Bouches-du-Rhône側にとめる。この辺は運河とDuranceがずっと並行しているんだけど、その中間。
確かに水量が多い。

(東、上流の方を望む。 Duranceはこの後Pertuis [ペルテュイ] やMeyrargues [メラルグ] の先、 St-Paul-lès-Durance [サン=ポール=レ=デュランス] の辺りで北に折れGap [ガップ] やBriançon [ブリアンソン] の方に続く、というよりそっちの方から来る)

(北、Cadenetの方)
水はかなり濁ってて、ゴミなんかも流されてくる。

Cadenetの方に渡りきってから、反対側を引き返す。

(西、Cavaillon [カヴァイヨン] からAvignon [アヴィニョン] の方。 DuranceはAvignonの先でRhôneに合流。この写真からは想像つかないけど、水の少ない時にはただ一面だだっぴろく川原が広がってるはず。何本かのちょろちょろとした流れがあるだけで、歩いて渡れそうな感じだったと思う)

(南、正面の山脈を抜けてしばらく行くとRognes [ローニュ])

(上の写真を拡大。今の橋の脇に、昔は別の橋が架かってたという事が分かる。通行料でも取ってたのか、ただの管理人小屋か分からないけど、昔あったと思われる橋のすぐたもとに小さな家が建ってる。今でも人が住んでる様だ。こういう昔の橋の遺構はいろんな所で結構見られる。この近くでは、St-Paulの手前、 Mirabeau [ミラボー] の側 (25kmくらい東) にある。そこはPont de Mirabeauとして地図にも載っているから、結構有名な橋だったんじゃないかと思う)

(雲一つない青空。というのは嘘で、他の写真見れば分かるけど、周りには雲はいっぱいある。夕方だからというのはあるだろうけど、いまいち空の色が濃くないような気がする。やっぱり夏は暗く感じるくらいに濃い青空がいい)
車をとめた所を通り過ぎて、ついでにDuranceと並行している運河の様子も見ておいた。
そう言えばちょっと前に、今年はカタルーニャの辺りがひどい水不足で、 Marseille [マルセイユ] からも水をバルセロナまで運んでいるんだけど、この辺だって必ずしも余裕があるわけではないかもしれない、みたいなニュースをやっていたけど、 Duranceが増水するだけあって、運河も水はたっぷりで、この分だと大丈夫なんじゃないかとも思った。

(運河)
1840 帰途に就く。
D543; D66d; D66; Rognes, D543, Éguilles; D18, les Milles, Carrefour.

(D66d)

(D66)

(Rognesの登った城跡)
Carrefourで買い物。
2015 帰宅。
71km程。

(2008/06/03/19:31:41)
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2008/04/12の記録:D14c

近所のお屋敷の人が、門の中に車をとめさせてくれることになったので、 1430、門の鍵をもらいに行った。そのまま車をもっていってとめるだけでも良かったが、天気の良さに負けてついでにドライブすることにした。
1445位発。
どこに行くというあても無かったが、何となくD14からD14cを通ってみたくなったので、とりあえずcentreを抜けて真北に向かう。外周のすぐ北のとこで間違えて一本右のセザンヌのアトリエの方に行っちゃったので、なんかの門の所を左に行ってD14に入った。
この辺の道、坂が急で車がかなりしんどそうだった。あんま関係無いかもしれないけどそろそろオイル交換しなきゃいかんと思った。
D14; D14a; Puyricard, 村の中の東西の道を東へ; D14; D14c。




(以上D14)



(以上D14c)
D14c; D15.
D14cとD15が合流する所で、走ってる道の方が優先だと思い込んでいたせいで、減速しないで突っ込んで行って、直前で向こうが優先な事に気づいて急ブレーキ踏んだらロックした (D15がD14cに合流してくるものと思い込んでたけど逆だった)。他に車いなかったから良かったけど、注意しなきゃいかん。
D15; D543, Éguilles; D18, les Milles.
Carrefourで買い物。その前にもらった門の鍵コピーを作って、オリジナルは返す事にする。 3€95。
D65.
1900帰宅。
最初にメーターをリセットしておかなかったから分からないけど45kmくらいだと思う。

(2008/04/13/20:17:17)
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