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2008/09/25の記録:スペイン行き・五日目 (トレド泊)

前日より一時間程早く朝食を済ませ、 0830頃だったと思うが、ホテル近くのエイビスに行って車を借りる。対応したのは父で、僕は横で聞いていただけだが、おじさんの英語のなまりがひどく聞き取りづらかった。

近くの公共の地下駐車場にエイビスのコーナーがあるらしく、車を受け取りにそこまで行く。

そこはちょうどホテルの裏にあたる場所だったが、その駐車場の上に市場があった。市場好きの両親は一昨日昨日と別の市場に行ってみて時間外れで閑散としているのにがっかりした所だったが、ホテルのすぐそばに市場があったとは。灯台下暗し、とはこの事だろう。両親、特に母は、ちょうど朝の活気のある時間帯であろうし、見て行きたい様だったが、荷物を抱えている事もあり、僕がせかしてそのまま駐車場まで向った。

荷物を置いてから行けばいい、と言ったのだが、一旦車を受け取ってからすぐにその場においていける様な状況ではなく、結局市場は見られなかった。元々そうなるんじゃないかとは予想していた。そうなるんじゃないかと予想しつつ、重い荷物嫌さに、適当な事を言って両親をせかしてしまったのは、悪かったなあ、と思う。僕自身はもう一度マドリーに戻って来てからも時間があるせいで、また今度の機会でいいじゃないか、とも感じていたのだが、両親は最後の晩にマドリーに戻って翌朝早朝の飛行機で発つので、マドリー滞在は実質これが最後だった。頭では分かってたと思うが、実感としてそれが分かってなかったのも良くなかった。当然両親は残念だったろうし、僕自身としても、両親に悪い事した、と、後悔しながらマドリーを後にすることになってしまった。重いものを持つのを極端に厭う性質は、何とか克服しなければならないと思う。

車はゴルフ級で予約していたそうだが、実際借りたのはメガーヌの、ロングボディーと言うのか、普通よりリアが長くなって、ワゴンになってるやつ。大きい車に興味が無い事もあってそんなのがある事は知らなかったが、リアを伸ばせばかっこわるいメガーヌもバランスが良くなって、それなりに見える。ただ、でかい。普段ミクラ (マーチ) に乗っていて、小さいのに慣れちゃってるせいもあって、でかさに (と言うより長さかな) にびびってしまった。日本で父が乗ってるアコードも僕からすれば結構でかくて、乗る時多少緊張するんだけど、今回のメガーヌはそれよりも長い気がする。車の運転は久しぶり (5日ぶり) だし、その上クラッチの感覚をつかむのに手間取っていきなりエンストして以降、何度も発進に失敗した事もあって、マドリー市内を抜けて高速に乗るまで、かなりびくびくしながら運転した。こんな筈は無い、と、かなり悔しい思いをした。別にぶつけたりはしなかったから良かったけどね。

最初の目的地はアルカラ・デ・エナレス。いつものように書けば、 " Madrid, A2; M100, Alcalá de Henares " かな。 1030頃着。

アルカラは古くから (15世紀以来) の大学と、セルバンテスの出生地ということで有名な街らしい。世界遺産。大学は今も現役 (と言うより一旦大学がマドリーに移された事で空き家になってたのを、 1977年に新しくアルカラ大学として復活させたらしい)。当然、大学とセルバンテスの生家を見物。まずは大学。


(いい写真が無かったけど、大学の中庭。自分の大学がこんなだったら良かったのに。日本でもフランスでも、僕の通った大学はさえない建物だった。ただ、大学構内が観光客だらけ、と言うのは、学生にとっては邪魔臭かったりするかもしれない。実際母がトイレと間違って講義室の扉を開けて入りかけちゃったりしたし (講義室の扉とトイレの扉を間違える感覚は、僕には分かりませんが)。トイレは大学のものとは思えない程きれいだった。それもうらやましい)


(確か中国の書。東洋学の教授でもいてその人が掲げてるんじゃないかと思う)



(中庭がいくつかあって、奥に行く程静か。ただ、二枚目の方は立ち入り禁止だった)


(大学付属のチャペル。左に大学正門。チャペルは見学ツアーの人しか入れないようだった)


(チャペルと大学の間にも中庭)


(セルバンテス広場のセルバンテス像。この広場の脇の駐車場にとめた。大学近く)




(この街の目抜き通りは世界だかヨーロッパだかで最古のアーケードらしい。いい加減ですみません。多分ヨーロッパだと思います。もっといい写真があったんだけど、父がばっちり写ってるのでUPはしない)

セルバンテスの生家は目抜き通り沿いにあるが、一旦素通りしてカテドラルへ。


(外)


(中)


(クリプトには何やら豪華なものが)

カテドラルの後は近くのトレド大司教の館 (この街はトレド大司教に与えられていたらしい) の方へ。大司教館自体だったか、その近くの何かだったか忘れたが、建物が人類学博物館として利用されており入場無料だった事もあり、人類学的関心ではなく、建物を見るために、入場。




(二枚目が現人類学博物館、次のピンぼけ写真がその内部。他の写真は何だったか忘れたけど、そのそばの建物)

先程のアーケードの通りに戻り、セルバンテスの生家へ。


(セルバンテス生家。内部のもっといい写真には両親が写ってるので上げない。いい感じのパティオがあって、なかなか住み心地の良さそうな家。各言語への翻訳版の『ドン・キホーテ』が展示されており、中でも江戸時代の和訳本では、なかなか洒落た (瀟洒な、といった感じ) 和風 (人物が和装) の挿絵が入っていて、母はたいそう気に入ったらしくポスターを買ってた)


(表ではドン・キホーテとサンチョ・パンサが歓談中)

これでアルカラはよし。次の目的地へ。 (1215頃発)

次の目的地はエル・エスコリアル。マドリーをはさんで反対側。

Alcalá, M100; A2; M50 (北回りで行きたかったんだけど間違えて南回りで); M45; M503 (?); M50(?); M505, El Escorial.

1345着。エル・エスコリアルにはフェリペ二世の命令で建てられた修道院 (修道院ってことになったるみたいだけどむしろ宮殿) があるわけなんだけど、この修道院、一言で言えば、でかい。取り合えず、でかい。街自体は大したことない、と言うよりむしろ小さく、その小さな街の外れに、街と同じかそれ以上の広さで修道院が建ってる。 M505からだと正面に街と修道院が見えて来るんだけど、街よりも先に修道院が目に入る。運転してたんで当然写真は無いけど、遠くから見ても明らかにでかい修道院と、その脇にチョロチョロっと引っ付いてるように見える街、という光景は、一種異様で、見ているだけで楽しくなってきた。これは一遍は見とかなきゃいけない光景だと思う。両親も上手く写真に収められなかったらしく残念だ。

【続きは後で】

【続きは後で、と書いたのにその後続きを書く気になかなかならない。やっぱり勢いで書いちゃわないといけなかった。今も詳しい事は書く気しないので、このあとの事をざっと書いとく。
この日はエル・エスコリアル見物のあと、セゴビアに行って、街やカテドラルや城を見物。その後トレドに行ってトレド泊。夕飯はホテル。
翌、六日目は昼過ぎまでトレドの街見物。エルグレコの家は改装中で見られなかったんで、隣にあったシナゴーグに行ったりした。夕方車でアランフエスに行って宮殿見物。トレドに戻って街のレストランで夕飯を食ってホテルに戻る。
七日目はトレドを発って、コンスエグラの風車を見たあと、高速で一気にセビリアまで。セビリアでカテドラルとアルカサルを見物。その後グラナダへ行きグラナダ泊。予約したホテルを見つけるのに手間取って一時間くらい掛かった。夕食はホテルのレストランで。
八日目は夕方までグラナダの街をゆっくり観光。 16時くらいに今回の旅行のハイライト、アルハンブラに行き、他の所を見物したあと18時から予約していた肝心のナスル朝宮殿見物。 4年前に友人と来た時は夢を見ているかの様な気になる程に感動したんだけど、二度目だとどうかと思ったが、やっぱり凄かった。とは言え、夢の様、とまでは感じなかったかな。ぎりぎり20時くらいだったかまで見物したあと、コルドバへ。コルドバ着は23時くらいだったかと思うけど、心配したホテルはすぐ見つかった。街に出てイタリア料理屋で夕食。結構真面目なイラリア料理屋で美味かった。
九日目はコルドバ見物。イスラムとキリスト教の文化 (+ユダヤ文化) が混じりあうと言うか隣り合うと言うか、とにかく他の街には見られない雰囲気でかなり面白かった。遅めの昼飯を食ってからコルドバを発ち、マドリーへ。マドリー着は20時くらいだったと思うけど、空港近くの予約したホテルがなかなか見つからず、大変だった。結局ホテルについたのは21時半くらいだったかと思う。その後空港に車を返しにいって戻るのに時間がかかり (ホテルそばにメトロの駅があったので空港からメトロに乗ったのだが、すぐ近くなのに路線が別なせいで一旦マドリー中心部に行って乗り換える形で時間を食った)、夕飯は食えず。
十日目は早朝空港に行って両親を見送ったあと、初日に泊まったホテルにまた行って荷物を預けマドリー見物。また鉄道博物館に行ってみたが、今度は先日降った大雨のために休館との事。隣接する科学技術博物館を見物したあと街を散策し、王宮見物。カサデカンポまでロープウエーで行ってみようと思ったが、もうシーズンが終わっており平日は運休。仕方無いのでぶらぶら歩いて早めに飯を食ってホテルに行って漫画を読んでビール飲んで寝た。
最終日は飛行機が昼過ぎなので、ちょうど正午までまた街を散歩。プラドの方まで行ったりした。正午にホテルに戻って荷物を受け取り、飛行場へ。 17時くらいに帰宅。
以上が旅の続きの概略。疲れたけど、かなり楽しい旅行だった。スペインは一時期世界を制していただけに、凄く豪華なものがあちこちに沢山あって面白い。それと、イスラムの支配下にあった歴史がある事で、他のヨーロッパでは見られない、イスラムの影響が随所に見られる所も、独特な良さだと思う。細かい事はその気になったら随時書き足していくと思う】

(2008/10/15/01:08)

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2008/09/24の記録:スペイン行き・四日目 (マドリー泊)

昨日と同じく0930頃にホテルを出て、四日後に予定されているアルハンブラ見学の予約等をしてからバスでソフィア王妃芸術センターへ向う。

僕はてっきりマドリーは三泊 (両親は二泊) で今日からレンタカーを借りてマドリーを離れる予定だとばっかり思っており、昨日火曜日はソフィアは休館日なため、ソフィアに行けなくなっては残念と一昨日両親と合流前に一人で行っておいたのだが、実際はもう一日あり、両親としてもピカソのゲルニカは外せないとの事で、僕自身は三日のうちに二度もソフィアに行く事となった。一昨日は僕の好きな様に見、今日は、美術に関しては一日の長のある両親による解説付で楽しめたので、ソフィア王妃芸術センターは充分に味わい尽くす事ができたように思う。

ささっと見る、と言ってた割にはしっかりと見た後、次にどこに行くか、となって、装飾美術間に行くことにした。 この移動もバス。

一晩寝たくらいでは疲労回復もたかが知れており、この辺でまた足が悲鳴を上げ始めた。むしろ両親の足手まといになってる気がする。やばい。

装飾美術間を出た後、レティーロ公園へ。売店で飲み物等を買って、近くのベンチで一休み。僕は子供の頃バルセロナに行った時に、食べたいと思ったんだか、買ってもらえたんだかした思い出の、足形のアイスを食った。つまりこんなものが二十年以上も売ってると言う事である。ただ、昔は手形のものもあった様な気がするし、三色アイスだった様な気もするのだが、今売ってるのは足形だけで一色。値段は1€70もしたという事を覚えておいてもらいたい。この後の旅行中、この足形アイスでその街の物価を推し量ることになるのである。

メトロ二号線でオペラまで。昨日入れなかった王宮に入るためだが、残念ながら公式行事のため今日は入れず。公式行事なら仕方無いと、素直に受け入れて、行きたいんだけどちょっと無理だね、と諦めていたティッセン・ボルネミッサ美術館へ行くことにして、メトロ二号線でとんぼ返り。

この美術館はよく見たら地球の歩き方に書いてあるように、「長い美術史の旅をした様な気分になる」、つまり美術史の流れが体感できる美術館。イタリア・プリミティヴ絵画から始まって、ルネサンス、バロック、ネオ・クラシック、ロマン主義、写実主義、印象派ときて、最後に20世紀のキュビズムや抽象絵画まで、余す所無くきっちり押さえて、それを年代順に並べてある。おそらくそれぞれの代表作と言われる様なものはここには無いのだろう、その代わりに、各時代の重要な画家をしっかりと押さえて、充分な数そろえてある。年代順なだけでなくテーマごとに集めて並べてあるので、各時代の画家達が何をしようとしたのかが、僕の様なずぶの素人でもある程度推測できる。この美術館で目の前に展開される絵画の歴史は夢の様にドラマチックで、それだけ見たら何の事やらよく分からないキュビズムや抽象絵画も、ここで見る事によって何となくではあるがその必然性が理解できた。様な気がした。

美術館は見せ方だねえ、頭を使って集めて頭を使って並べてもらえば、見る方には本当に勉強になる、と父がうなっていた。僕としては、ここ、かなりお勧めです。そりゃあプラドもソフィアもいいんだけど、僕としてはここが一番面白かった。父の言う様に、勉強させてもらえる面白さがあった。プラドやソフィアは予習がいるけど、ここはここで勉強できる。僕みたいな素人向けの美術館なんじゃないかと思います。

閉館時間まで満喫してから、メトロで昨日行ったLa Cebada市場へ。

昨日より1時間以上早く、活気のある所を期待していったのに、中に入ると昨日と似た様な雰囲気。


写真を撮った中央付近はそれなりにやってるけど、奥や左右の端の方はほとんどシャッターが下りてる。

両親ともにがっかりして、市場は朝来なきゃ駄目なんだね、と話してた。

(市場の外観。奥の丸屋根)

近くのサン・アンドレス教会へ。

どういう由緒の教会かは分からないけど、ここもなかなか豪華。



(三つ目の写真のもの、椅子に座ってたおじさんがスペイン語で一生懸命説明してくれたのだが、全く分からなかった。イタリアの何からしい。確かに下にBELEN NAPOLITANOの書いてある。でもよく分からん。その上フラッシュでケースが光っちゃって、写真としても最悪だ)


(教会の外観。と言ってもなんだかよく分からん写真だ。この辺相変わらず疲れきってたので写真の取り方もいい加減だ)

この後、歩いてマヨール広場まで行き、広場の裏の昨日目星をつけといたマッシュルームが売りのバルで食事。軽いタパスしか無かったので、はしごすることにして、そのバルを出た後ちょっとレストランやバルを物色して歩いた後、パエリャを食うことにしてバルと言うよりレストランぽい店に入る。パエリャを二種類とサラダを三人で分けて食った。そう言えばスペインはフランスとは違い、料理をみんなで分けて食べる事には寛容な様だ。この二つの店ともに、エレクトーンを弾くおじさんがいて、我々を見てわざわざ日本の曲を演奏してくれた。そうされるとチップを上げざるを得ないよね。

二つ目の店では北国の春をひいてくれた。この曲、両親は特に思い入れはないようだったが、父方の祖父母の住む山奥の村では村の八百屋さんがトラックに商品を積んで村の各地に売りに来るんだけど、その際の合図として流してるのがこの曲。夏休みに祖父母のうちに遊びに行った時、夕方に近づいて来たり遠ざかって行くのをよく聞いていた。なかなか郷愁を誘われる。僕にとっては故郷でもないんだけどね。土地それ自体と言うより、そこで過ごした子供時代のあの日々に対する郷愁なんだろう。それにしても、母は仕方無いとしても父は、自分ちの地元の事も知らないんじゃあ困ったもんだ、と思った。僕がわざわざ上の様な説明をしてあげなけりゃならなかった。父のいた頃はそういうものは無く、父が地元を離れてからは祖父母のうちに行くのは僕ら子供だけで、両親は挨拶程度に一泊しに行くくらいだったから、仕方無いんだけど。

メトロだと複雑なので、またホテルまで歩いて帰る。

何時頃ホテルに戻ったのかは忘れた。 22時くらいかな。

(2008/10/11/00:43)

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2008/09/23の記録:スペイン行き・三日目 (マドリー泊)

0930くらいにホテルを出て近くのスペイン広場を見物。

父の決断で、メトロで早速プラドへ。今日と明日分のメトロ・バス乗り放題券を買った。二日で8€40。 入っていきなり僅かに予習しておいた完全無欠のアンドレアの三角構図のやつがあってよかったのだが、そのそばにある筈の、プラドでも一番の美術史上の宝であるらしいマンテーニャの絵が無かって、がっかりした。そのためにマドリーに来た様なもんなのに。また来なくちゃいかん。午頃プラド内のカフェで軽い食事をしてから二階を見る。 だいたい四時間くらいたっぷり見て、満足してプラドを後にする。

それにしても、館内にあるほとんど全ての絵が有名な画家の手になるもので、外れが無い。僕はプラドが世界一と言ってもいい様な美術館であると思っていたので、思った通り凄かった、と言う感じだったが、両親はそれほどまでとは思ってなかった様で、圧倒された様。個人的には、もう少し真面目に予習してから来れば、また、もっと元気であったら、もっと楽しめたのにと、ちょっと後悔した。一階を見ている間はなんとか大丈夫だったが、二階を見る頃にはもう足が棒になった様で、椅子を見つける度に休憩する始末。昨日一昨日、少し歩きすぎた。マンテーニャの事もあるし、もう一遍二遍来なけりゃいかん。

メトロよりバスの方が楽しいのでバスに乗ってソルの方を目指す。シベーレス広場で乗り換え。乗り換えたバスがセビーリャまでしか行かなかったのでそこから歩いてソルの方へ行く途中、僕は三日分の、両親はプラドの分の疲れがたまったので、バルで一休み。ビールが、いくらか忘れたが2€以下と安く、おつまみも付いてきて良かったのだが、同時に一昨日の夕飯のビールはやっぱりぼられたことに気づかされ、複雑な気分。

バルを出てソルに行く途中に、海鮮ものを扱ってる美味そうなバルがあったので、夕飯はそこに決めておく。

僕はもう何度も来てるけど、両親は初めてなのでちょっとソル周辺を案内した後マヨール広場へ。

広場をざっと見てから、父の指揮のもと、デスカルサス・レアレス修道院に行ってみるが、今日の分のツアー (ツアーの形でしか入れない) は終わってたんだか、満員だったかで入れず。

(多分これがその修道院だと思うけど、確信は無い)

近くのエンカルナシオン修道院へ。こちらは最後のツアーにぎりぎりで間に合ったので入れた。但しガイドはスペイン語で、我々三人とも全く理解不能。ここだけではないけど、他所で見たものと併せて考えればスペイン (王室) がかつてどれだけ裕福な国 (家) であったかが分かる様な展示だった。それにしても足の疲労は尋常でなく、美術館と違って休憩用の椅子のない修道院はかなりきつかった。昨日一昨日歩きづめだったとは言え、その程度でこれだけ疲弊してしまうとは、何とも情けない。

(修道院付属のチャペル。チャペルの椅子でようやく座れた。僕と同じく疲弊しきっていたおじさんが、やっとすわれたね、といった感じで僕に目配せをしてにかっと笑ったので、僕も疲れた笑顔で返した。見知らぬ人にもバレバレな程、僕が疲れきっていたと言う事だろう。ちなみにこのおじさん (と奥さん) もスペイン語がわからないらしく、ガイドと無関係に色々見て回ってた所が僕らと共通していて、その点でも親近感を持ってくれた模様)

修道院を出て、オリエンテ広場のフェリペ4世像を横目に見ながら、王宮前へ。 王宮はもう閉まっていたので、一昨日僕がひとりでやったように外から眺めつつカテドラルの方へ。


このカテドラルはそれほど古いものじゃなかった気がするが、やっぱり豪華。

(ステンドグラスなんかはこんな風にモダン)


(これは重要な何かで、写真のようにみんな階段を上って見に行っているのだが、さすがに両親も疲れてきたのか、並ぶのが面倒だったのか、登っては見なかった。僕もそれを幸いに、椅子に座ってへろへろしてた。この辺、両親がそれぞれガイドブック等を見て解説してくれたのだが、適当に聞き流してたし、ガイドブックは手元に無いしで、今となっては何なのか分からん。旅行はやっぱり自分でしなきゃいかんね。人任せだと何も頭に残らん)


(これも大事な何か。母がこの写真のためにわざわざ1€を機械に入れて明かりをつけた)


(残念ながらボケた写真になってしまったが、上の棺だか櫃だかの後ろのステンドグラスも、何やらモダンなもの)


(天井装飾も興味深い)

カテドラルを出てCasa de la Villa [市役所の事かな?分からない] の方から、サン・イシドロ教会へ。途中台所用品の店を冷やかしたりしたと思う。

(Casa de la Villa)


(これがサン・イシドロ教会だったと思う)

教会に入れば椅子に座れると期待したが、ミサの最中で椅子が埋まっていて座れず。後ろからミサの様子を見学させてもらったわけだが、両親は興味深そうに見ていたものの、僕はフランスでミサは何度も見ているし、なにしろ足がまさに棒の様でそれどころじゃなかった。歩いている方がまだ幾分ましで、ただ立っているのが堪え難かったので、口には出さなかったものの表情で両親をせかすようにして教会を出た。

両親が市場好きなので、教会の西南にあるLa Cebada市場に行ってみる。市場内ではまだやっている店舗もあったものの20時前という事で店じまいに入っていたし、多くの店舗はもう閉まっていたので、また明日、活気のある所を見に来ることにして、バスでソル方向を目指すが、マヨール広場手前で降ろされる。

仕方無く歩いて、先程目星を付けた、ソルとセビーリャの間のバルへ行き食事。僕は満足したのだが、両親は期待程ではなかった模様。客に日本人カップルがいて、他の客や店員と片言の英語でレアル・マドリーの話をしてた様だ。どうも明日試合があるようだったが、よく聞き取れず。

ソル、グランビア経由で歩いてホテルへ戻る。 2130くらいだったか。

それにしても疲れた。

(2008/10/10/23:00)

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2008/09/22の記録:スペイン行き・二日目 (マドリー泊)

午前中、昨日行けなかったサン・フェルナンド・アカデミーに行く。よく分からんが学生は (もしかしたら誰でも) 今日は無料らしい。スルバランの白を見ろ、と地球の歩き方に書いてあったので、注意して見たが、確かに良かった。その他、丸だの四角だのが組み合わさってるだけの抽象絵画があったが、何となくいいなあ、と感じた。

(スルバランの部屋。せっかくの白も写真ではいまいち。実物では、本物の絹の様に透明感があって柔らかな感じで、触ってみたくなるようだった)


(丸だの四角だの。美術館の大きな白い壁にかけてあると、ほんとにいい。うちの低い狭い壁ではイマイチかもしれんとも思う。抽象絵画がいいのは、予備知識が基本的にいらないからかとも思う。特に古い時代の絵は聖書やギリシャ神話を知らないと悔しくなってくるもんね。ちなみに、写真撮影は当然駄目だろうと思ってたのだが、おじさんが撮っているので係の人に聞いてみたら、ここの美術館ではフラッシュを焚かなければ撮影OKだった。そう言えばルーブルでも "No Flash! " って声を何度も聞いたことを思い出して、美術館というものはフラッシュ無しなら撮影していいもんなんだと思い込んで、後で行ったソフィア王妃芸術センターで撮ったら怒られた。美術館によるんですね。気をつけましょう)

宿に戻って、今晩から合流する両親と泊まることになる別のホテルへ荷物を運び、チェックインした後、かねての計画通り、カサ・デ・カンポの動物園に行く。マドリーまで来てなんで動物園か、と言わないでください。月曜はあんまり開いてる所がないんですよ。結構高くて17.5€くらいした。


(バタン駅を降りて動物園へ。地球の歩き方には表示に従って、と書いてあったが、表示なんて、少なくともすぐ分かる所には、無い。勘で歩いた。結構遠かった。売春婦のお姉さんがたや、それを冷やかしつつ通り過ぎる車、取り締まる警官なんかがいて、何やら殺伐とした雰囲気。歩いてるのは僕だけ。怖くなった。昼休み時間だからかもしれないけど、動物園に行く道の雰囲気じゃないよ)

動物園というもの自体、入るのは20年振りくらいだ。入ってしまったら、かなり興奮した。ペンギンだの、シカだの、サイだの、クマだのが、すぐそばにいる。興奮しないはずが無い。中でも、パンダがすぐそばで、ガラス越しじゃなく生で見られるのにはひどく興奮して、思わず動画までとってしまった。


(フラミンゴ。フラミンゴはカマルグにもいるから、これくらいじゃあ驚かないよ)


(フクロウを腕にとまらせて歩く係の人と、話しかける客。フクロウは時々飛ぶ。入って10分程なんだけど、これでかなり動物園気分が盛り上がり、興奮してきた。惜しむらくは言葉が全然だめだから、話しかけられず、近づけもしなかったこと。せめて英語に自信が持てれば)


(何気なく変な鳥)


(見下ろせばペンギン。手を伸ばせば届く。これで完全に動物園気分。正直駅から動物園までの殺伐とした光景と、予想外に高額の入園料、来園者もまばらで寂しい園内の雰囲気とで、気分的にかなり落ち込んでいたんだけどここで吹っ切れて、むしろわくわくしてきた。これなら17.5€くらい、すぐに元がとれると確信できた)


(だらしなく寝そべるバク)


(だらしなく寝そべるバッファロー)


(パンダの説明板は鳥居の形。間違ってるぞ!マドリー在住の日本人の方、頑張ってください)


(あってるのか間違ってるのか分からないパンダ舍の造形。多分間違ってるでしょう。少なくとも、ここにも登場した鳥居は間違ってます)


(パンダ舍の中にもパンダはいて、ガラス (正確にはアクリル板か何か?) 越しに見られるんだけど、これはまあ普通。 20年前に行った上野動物園でもそんな感じだったと思う。違いは客が僕しかいないことくらい。で、それには特に驚かなかったんだけど、パンダ舍の二つ目の部屋にパンダがいないから、不思議に思いつつ外に出たら、ほんの5メートルくらい向こうで、パンダが一頭、だらしないかっこでムシャムシャ笹を食っとった。これには驚いた。柵も膝くらいだし、さわりに行こうと思えば行ける。今、日本の動物園がどうなってるのか知らないけど、取り合えず僕はパンダを生で、というのはガラス越しじゃなく見たのは初めてだ。一心不乱に笹を食う様子もさすがに愛らしく、デジカメ買って以来初めて動画を撮ってしまった。そのせいでメモリーが苦しくなって後々大変なことになることは、この時点では知る由もない)


(ゾウ。アジアのゾウと書いてあったと思う。この辺、テンション上がりまくって、写真撮りまくってあるんだけど、いちいちあげてたらきりがないのでこれくらいにする。他に見たのはシカの類いだの、イノシシの類いだの)

2.5€のホットドックを食ってる間に雨が降り出し、猿山を見てる間に雨が強くなり、シロサイの柵の脇の木の下で雨宿りをしてる間に、豪雨になったので、こりゃたまらんと、豪雨の中びしょぬれになりながら走って、イルカショーの観客席の (おそらくは日よけの) シートの下で雨宿り。ただただ降り続く豪雨を眺めながらえらい目にあったと呆然としてる僕 (及び2組5名の見知らぬ人々) の目の前で、イルカが悠然と泳いでた。


(ホットドックは売店で売っていて、近くに椅子や机が並んでるんだけどそこには屋根がついていて、その上にクジャク。クジャクは普通に歩いてます。飛ぶというより歩いてます。ホットドックにはちりちりになったタマネギがどっさりかかってて、かなり満足した。それにしても、不穏な空模様でしょう?)



(猿山。サルはニホンザルじゃなくって、ちょっと変なサル (失礼な言い方だけど)。でもちゃんとお尻は赤い。猿山というものは面白いもので、ついつい見入ってしまう。写真に記録されてる時間を見ると10分くらいは見てた様だ。結構雨が降っていて、雨宿りのできる屋根のある猿山の前を離れられなかったってこともあるけど。ただこの時点ではまだ、しとしと降る雨、と言った感じで、堪え難い程でもない。じっとしてられない性分もあって、秋雨じゃ、濡れて行こう、ということで、猿山を後にした。結果的にはこれが失敗)


(猿山から100mも離れていないサイの柵の脇で、本降りになった。土砂降りになった。幸い木が張り出していたので、係員のお兄さん (写真のサイの後ろに落ちてるフンを掃除しようとしてたみたい) と一緒に雨宿りをするが、収まる気配はない。だんだん木も我々を守ってくれられなくなった。お兄さんが先に諦めて、土砂降りの中を走ってどこかへ行ってしまった。 5分程待ったが、枝葉の間から落ちてくる水滴が大きくなるばかりで、かなり濡れてきたので、僕も諦め、どこにあるとも知れない確かな屋根のある場所を求めて、走り出した)



(サイもシカもびっしょり。これ、びしょ濡れになりながら撮ってます。我ながら物好きだ)


(なんとか見つけた、イルカ・アシカショー会場で雨宿り。これで取り合えずは一安心。シャワーを浴びた後の様にびしょ濡れで、寒かったけどね。とは言え、時間が経つ程に、いつまでここにいなけりゃいけないんだろうと不安になった。猿山を見てた頃には遠くに晴れ間が見えていたのに、どこにも晴れ間が見えないことに気づいた時には、かなり絶望的になって、動物園に来た自分を恨めしくも思った。幸い、しばらくして晴れ間が街の方に見えだしたので、後はそれがこっちに来てくれる様祈るだけだった。目の前ではイルカが泳いでた。 1420くらいから1440くらいまでここにいた)


(後ろの木の枝が垂れ下がってできた窪みにたまった水の重さで、シートが破れる程の豪雨。破れる前に、ずいぶん水がたまって危ないなあ、と思ってたんだけど、ほんとに破れるとは思わなかった) ちょっと小やみになったので、どこか近くにあるはずの水族館を目指して走った。幸い結構すぐに見つかり、あまりぬれずに水族館に到着。水族館好きの僕としてはかなり堪能して水族館を出ると、空は晴れ上がってた。 (15時前)




(水族館は楽しいね。 30枚くらい写真撮ってる)


(水族館を出た所にあった、世界人類が平和でありますように。奥の黒っぽい雲を見ると、晴れ上がっていた、というのは嘘だったみたいだけど、木の影を見てください。日差しが戻ってることが分かるでしょう。これは感動的だったな。やまない雨は無いんです)

水族館を出た後、コアラだのヒグマだのオオカミだのカモシカだのツキノワグマだのシカの類いだのサイだのカバだの歩いてるクジャクだのサルだのヘビだのトカゲだのサソリだのカエルだのイルカだの橋に立ちふさがるクジャクだの変なトリだのカンガルーだのゴリラだのライオンだのトラだのゾウだのキリンだの午後になって数の増えたヒトだのを見物したけど、写真は省略。



(と言いつつ、クジャクだけ。触らなかったけど、触ろうと思えば余裕で触れると思う。よく見れば看板に書いてるようにこの橋一方通行でこちらからは渡れないんだけど、それを教えてくれていたみたいだ)

16時まで動物園を堪能したあと、午前中見て何となく感動した抽象絵画が山ほどあるソフィア王妃芸術センターに向う。

(ソフィア王妃芸術センター。いちいち長くて面倒なんだけど、なんか略称は無いのかな) 17時前から1930頃まで、疲れきっていたので休み休みしながら堪能する。 (前述の通り二枚程撮った所で怒られたので館内の写真は無し。撮った写真あげるのもまずいでしょう)


(美術館を出るとまた雨が降っていた。正面はアトーチャの駅)

2030に到着する両親を迎えにメトロで空港に向う。

21時前両親と合流。メトロでホテルへ。メトロの出口を間違え結構歩く。荷物を置いた後、ホテル近くのハム専門のバルで食事。ハムとチーズ、トルティーヤしかなかったのは残念だったが、美味かった。

(2008/10/08/22:12)

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2008/09/21の記録:スペイン行き・初日 (マドリー泊)

【スペインに行ってきた。 9月21日から10月1日まで。結構長い。今までは旅行は一つにまとめてたけど、今回は長いので一日ごとに分ける】

うちを9時に出て、 Gare routière [バス・ターミナル] から0940のバスで空港まで。

ライアンエアでマルセイユ・プロヴァンス空港からマドリーのバラハス空港まで。

FR5446 MRS (MP2) 1135 - MAD (T1) 1320.

ライアンは遅れるとか聞いてたけど、定刻に出てちょっと早く (1315くらい) ついた。

(乗って来た飛行機。ボーイング737-800シリーズ)

早速メトロに乗って宿に向う。日本人の方の経営してる宿。ちょうど夏前くらいにマドリーに行った友人に教えてもらった。空港から電話してくれと言われていたが、公衆電話の使い方が分からず、直接向う。

宿まで40分くらいか。マドリーの街を歩く際の注意を受け、情報を仕入れた後、荷物を預けて街に出る。

取り合えずプエルタ・デル・ソルに行ってみて、その辺の服屋だとか靴屋だとか、 fnacだとかそこに入ってるアップルストアだとかを冷やかすが、こんなことをしにはるばる来たんじゃない、ということに気づき、ちゃんと観光することにする。

一応コピーを取ってきた古い (2004年版) 地球の歩き方を見て、取り合えず鉄道博物館に行ってみる事にする。実質初めてのマドリーで初めて行くのが鉄道博物館というのは、ちょっと面白い趣向なんじゃないかと思ったため。マドリーに来るのは2度目だが、 4年前の前回はゲルニカを見るためにソフィア王妃芸術センターをざっと見ただけで、滞在時間は2時間程だったんで、実質的に初めてと言っていいだろう (前回は前日に着いたトレドの街を午前中見たあとマドリーに寄ってゲルニカを見て、バルセロナ郊外で一泊、翌日帰る、という計画だったんだけど、バルセロナ郊外に宿が見つからず、バルセロナの街まで行くのも面倒だからと、そのまま当時Pertuis [ペルテュイ] に住んでいた同行の友人宅まで帰った。着いたのが朝6時くらいだったはず。 3人旅でドライバーは2人だったからできたことではあるけど、なかなかのロングドライブだった)。

今の僕は別に鉄道好きでもないが、子供の頃は結構好きだったので、タルゴとか聞くと何となく懐かしく、それなりの感慨はある。スペインの鉄道の歴史を見に行くのではなく子供の頃の自分を見に行くのだ、ということにした。

で、プエルタ・デル・ソルからは結構あるが、歩いていったのだが、閉まってた。

(鉄道博物館。昔の駅を使ってるらしい。オルセーみたいだ)

今日はもう閉まってしまったのか、そもそもやってないのかよく分からない。何か張り紙がしてあるが、なんて書いてあるのか分からない。いずれにしろ、無駄足。ここまで下り坂だったので、歩いて戻る気になれず、近くの駅からメトロに乗ってプエルタ・デル・ソルに戻る。


(メトロの駅 (Delicias) とメトロ (3号線))

腹が減ったので何か食うことにして、店を探し、グラン・ビアとソルの中間くらいのケバブ屋に入る。サラダとコーラがついて6だか7だかで、安くはないが高くもない。フランスではケバブは一種類しか無い店しか見たことが無いが、この店は普通のやつとのっぺりした感じのと二つあったので、のっぺりした方にしてみた。美味かった。

食いながら地球の歩き方を見て、近くのサン・フェルナンド・アカデミーに行ってみるが、閉まってた。

(手前左側が美術館)

もう遅いんだね、と気づき、今日は散歩でいいことにして、そのまま歩いてプラドの方に行くとパセオ・デル・プラドで自転車レースをやってた。なんだかよく分からんが、この前のツール・ド・フランスの時にも良く聞いた、なんとか・コンタドールとか言う選手の名前が流れている実況から聞こえたから、一流選手も参加する大きなレースなんだろう。よく分からんまま写真を撮る。

【今調べたら、これは「ブエルタ・ア・エスパーニャ」という、「ツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリアとあわせてグランツールと呼ばれる」三大レースのうちの一つの、最終日だったらしい。アルベルト・コンタドールはこのレースで総合優勝。コンタドールは去年ツールを制し、今年ジロとブエルタを制し史上五人目の「グランツール完全制覇」を成し遂げたそうで、歴史的な日に居合わせちゃったわけだ。俺凄いね。ツールは去年今年もちゃんと見てるし。日本の自転車野郎は羨むに違いない。その割に知識が足りなくて申し訳ない。ちなみにコンタドールは今年のツールは出られなかったそうで、名前を聞いたのは去年だったようだ。あるいは「今年はコンタドールがいないから」みたいな感じの会話を耳にしたんだろうか】


(多分先頭)


(終わっちゃった、と思ったら、どうやら二週目がありそうな気配)


(二週目の先頭)


(これでどうやら終わりみたい。真ん中の緑地をはさんで道の反対側の、プラドの前辺りが今日のゴールの様だ。僕にとっての一周目は、必ずしもレース自体の一周目ではないのかもしれない。ツール・ド・フランスの最終日もシャンゼリゼのコースを何周かするもんね)

自転車レースを横目で見ながら道を下がり、ティッセン・ボルネミッサ美術館の前に来ると19時までやってるらしいことが分かる。もっと早く来れば良かったと思ったが、その時点で18時でもう遅いので、諦める。 自転車レースが終わったらしいので道を渡りプラドの前に出て、外から眺める。

(プラドだよ、プラド。ずっと前から憧れてた。前回は車で前を通り過ぎただけ。明日日本から到着する親と一緒に明後日くらいに行く予定なので、今日は入らない)

プラドを見て結構わくわくしてきた所で、南にある植物園に入る。学割で1€。

植物に関する知識は皆無だが、静かでいい香りもするし、それなりに堪能。猫もいた。



熱帯の植物を集めてあるらしい温室を出た後、喉が渇いたので水を買う。 0.5€。冷たくて美味かった。





植物園を出て、すぐ東のレティーロ公園を散策。正直疲れきったのでベンチで少し休憩。

池の畔に場所を移して、また休憩。池にはボートがやたら浮かんでて、その間で水鳥が窮屈そうにしてて、水の中には鯉がえさを求めて泳いでた。

歩いてプエルタ・デル・ソルに戻って、さらにマヨール広場へ。


(ソルに戻る途中のマドリーの街並。大都会だ。二枚目はグラン・ビア)


(ソルの広場)



(マヨール広場)

地球の歩き方に21時過ぎのマヨール広場が面白いと書いてあるが、まだ20時なので、時間つぶしに王宮前広場まで行く。王宮まで行ってはるばる日本から来たと言えば (嘘だけど) フアン・カルロスが手を振ってくれるに違いない、あわよくば握手もしてくれるだろう、と思ったが、フアン・カルロスなんていやしない。失礼な話だ。がっかりしてカテドラル前の石段に座り、 40分程ぼーっと広場を眺める。

(王宮)


(王宮と向かい合うカテドラル)


(日が暮れていく)


(暮れた (夜8時40分))

21時頃マヨール広場に行ってみる。確かににぎやか。でも疲れた。

宿に戻って少し休憩したあと、マヨール広場東南隅のバルでパエリャを食い、ビールを二杯。 パエリャ9€はいいのだが、ビール一杯4.5もとられた。初日で相場も分かってなかったし、けんかするのも面倒で言われるままに払ったが、後から思えば確実にぼられた。くそったれだ。宿に戻ればビール一本1€で飲めたのに。

釈然としないまま、宿に戻って風呂入って寝る。

(2008/10/05/04:09)

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2008/01/20の記録:銀座

アップルストアをひやかしに銀座に行ってきた。
金はある所にはあるもんだ、と思った。
道に落ちてたタバコを拾ってるおじさんがいた。
銀座ならさぞいいタバコが拾えた事だろう。

(2008/01/23/01:12:36)
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2007/12/15の記録:夢の中のどこか

夕べ夢の中でドライブした。
ドライブしながら久しぶりにここに書くネタができたと思ってたのに、夢で残念だ。
しまった、写真機忘れた、とか思ったけど、夢だからいずれにしても写真は無し。
行き先どこだったか忘れたけど、いつも通りのドライブって感じだったから、イメージはBonnieux [ボニュー] じゃないかと思う。
いずれにしても夢だ。
| | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |

2007/09/10-09/12の記録:Toulouse行き

Toulouse [トゥールーズ] にこの九月から住むことになった友人が遊びに来たので、彼を送りがてらToulouse旅行をすることにする。

10日:行き。
友人の都合があってToulouseに昼過ぎには着きたいとのことだったので、 7時に家を出てずっと高速で行く。今まで西の方の遠くに行く時はArles [アルル] 手前までは下道で行って3€くらいを節約してたんだけど、そのせいでかえってArlesまでの高速を通ったことが無かったので今回はあえて最初から高速を使ってみた。 Toulouseには予定通り、昼前に到着、市内で多少迷ったので彼の家には一時くらいに着いた。用事を済ませた後早速市内中心部にバスで行ってみる。前にフランス人の友人にフランスではどこが一番好きか聞かれToulouseと答えたんだけど、今回行ってみてやっぱりいいと思った。見所として何があると言うわけでもないので、観光は二時間もあれば終わっちゃうけど、ただ町中を歩いてるだけで何となく気分がいい。田舎に住んでるとやっぱり都会はいいなと感じるって所もあるけど、同じ都会でもMarseille [マルセイユ] みたいに汚くないから、気分がいいんだろうと思う。街がきれい (清潔) な背景には何か嫌なことが隠されてたりするんだろうけど、まあたまに行くだけだしね。
中心部の散策を住ませてから、CarrefourとかGéantみたいな大型スーパーに行きたいという友人のリクエストで、バスでうちに戻ってから、 Toulouse郊外をドライブ。あらかじめネットで調べた位置にCarrefourもGéantも見つからず見つけるのに苦労する。結局大学でGéantの袋を持ってる人を見かけたから大学のそばにあるはずという友人の言葉に従い大学に行ってみて、その辺の人に行き方を教えてもらってなんとかGéantを発見。こっちの方にあるGéantと違って黄色と黒の派手な色使いになってて、ディスカウントみたいなことの書いてある、確かになんか安っぽい雰囲気の店だった。友人は色使いが下品や、と言って、不満げだった。まあ気持ちはわかる。 Carrefour派の僕としては、やっぱCarrefourに限るね、といった所。帰りがてらCarrefourも探してみるが見つからない。一旦友人の部屋に戻って休憩した後、中心部に飯を食いに行く。レストランをいろいろ探して結局インド料理屋でカレーを食う。 23時くらいに友人の部屋に戻ったと思う。


11日:ドライブ。
Toulouse近郊をドライブ。とりあえずMontauban [モントーバン] を目指す。10時発。
Toulouse, D2, Grenade.
途中Grenade [グルナード] の街が面白そうなので、車をとめ散策 (1020-11時過ぎ)。戦没者記念碑を探し、墓地で発見。



Grenade, D29; D17; D52, Grisolles; N20, Montauban.
午頃Montauban着。散策し、またインド料理屋でカレーを食った。



(普仏戦争の記念碑)

(カテドラル)

(市庁舎)

(郊外の公園内にある、第一次・第二次世界大戦の戦没者記念碑。でかい)
14時半頃発。 Castelsarrasin [カステルサラザン] に行ってみる事にする。
Montauban, D927; Lafrançaise手前, D45, Labastide-du-Temple。

Labastide, D45, Castelsarrasin.
15半頃着。

16時過ぎ発。次の目的地をFleurance [フルラーンス] に定める。
Castelsarrasin, D12, St-Aignan, Castelmayran; D23; Caumont, D15, Lavit; D111; Castéron, D251; Gaudonville, D167; St-Clar, D953; D654, Fleurance.

Fleurance, D654 (D654直進が通行止めのため、一旦来た道のD653の方に行った後引き返し); D105, Céran, Puycasquier, Augnaux, St-Sauvy, Ste-Marie; D12; N124, Gimont, l'Isle-Jourdain (最初ここで食事しようと言っていたので街の方に行ってみたがあまり楽しい雰囲気でないのでToulouseまで帰ることにしN124に戻る); A624, Toulouse.
友人宅の前は通ったが帰らずそのまま中心部まで行き食事。この日も何を食うかいろいろ悩んだあげくレストランというより飯も食えるスポーツカフェみたいな雰囲気の店で食った。あまり期待してなかったが、サラダもプラもボリュームがあって味も悪くない。結構満足。食通なら不満なんかもしれんけど、僕らにはかえって向いてたかもしれん。大きなテレビでラグビーワールドカップの試合も中継してたし。 23時に友人宅に戻る。この日の終わり時点で、うちから708km程。前日Toulouse着の時に距離を見とかなかったのが残念だ。

12日:チケット探し・帰り。
もともとそのつもりがあったわけではないが、ちょうどラグビーワールドカップの日本対フィジー戦がToulouseであるので、せっかくだから見に行こうということになって、朝からチケット探しをする。フランス人にとってはたいして興味のあるカードでもなさそうだからと甘く見ていたので、簡単に手に入るつもりだったが、実際探してみるとかなり大変。チケットを扱ってたらしいソシエテジェネラルに行ってみたが無いと言われ、 Office de Tourismeでも無いと言われ、 fnacにも行ってみたが無いと言われた。Office de Tourisme前でダフ屋に230で持ちかけられるが、それはちょっとね、ということで断る。いろいろ人に聞いてみたりして、Toulouseのラグビー教会の電話番号を教えてもらい電話をかけてみたが、もう無いと言われ、あきらめた。まあそりゃそうだけど、向こうはわざわざ日本からそのために来たと思うから、結構親身になってなんとか協力してくれようとするのがありがたかった。実際は友人はこの街の住人だし僕も高速で四時間ちょっとで来れるうえに、 Toulouseに来たのもたまたまなんで、ちょっと恐縮した。それでも前日夜中には、明日はラグビーだってんで友人と結構盛り上がってたんで、がっかりと言えばがっかりだった。ラグビーが駄目なら、特にすることもないので、この日のうちに帰ることにする。帰りは特に急ぐ必要もないし、下道で。 1715発。
Toulouse, A620; A62; (15出口), D112, Lavaur, St-Paul-Cap-de-Joux, Guitalens, Lalbarède; Castres, D612, Mazamet, Labastide-Rouairoux, St-Sinian, Bésiers, Vias, Agde, Sète; Montpellier, D189, Lattes, (マクドナルドで休憩。23時頃), Mauguio, St-Gilles; Lunel, N113; D6313; D6572, St-Gilles; N113, Arles; D113; (Salon手前Totalで給油) Salon, D572; D17, Éguilles.
2530帰宅。
全部で1130km程。

(2007/10/19/05:05:11)
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2006/10/31-11/05の記録:パリ行

10月31日:行き。
8:00発の予定が、8:30発。
N7, St-Cannat; Plan-d'Orgon, D99; Cavaillon外周, D973。
Caumont-sur-Duranceを通りD6でSorguesまで行ってN7に乗る予定だったが、Caumont方面へ行き損ね、N100; N7でAvignon郊外。
Avignon外周, N7, Orange, Montélimar外周; Valence外周(E713); N7, St-VallierでRhôneを渡り、Sarrasで休憩。
Sarras, N86; D82; Annonay郊外(Davézieux), N82; St-Etienne外周, D201; A72無料区間, 8番の出口で下り、N82, Montrond-les-Bainsで休憩。
N82; N7, Roanne, Varennes-sur-Allierで給油。
N7, Moulins外周; A77, Nevers外周; N7, Montargis, Nemoursでそろそろ高速が無料になってないかとA6の方へ行くが、まだ有料ということが分かり、引き返すついでに休憩。
N7; Fontainebleau, N6, Melun。
MelunからN105に乗るまでは良かったが、A5aに移り損ね、そのままA5bを行ってしまう。
一旦高速を下りて地図を確認、高速に戻ってN104に進み、21番出口で下り、N19, Créteil。
20:30頃(多分)Charenton-le-Pont着。

11月4日:Fontainebleauへドライブ。
昼前発。
N6, Créteil; A5a; N105; Melunで給油, N6, Fontainebleau(13:30頃着)。

食事。Château見物。


16:30Fontainebleau発。
N7; N37; D64, Barbizon(17:00着)。30分程散歩。




17:30、Barbizon発。
N37; A6; A86, 22番で下り、N19でCharenton。
ついた時間は忘れた。
A6、A86はパリ郊外についた辺から渋滞。

11月5日:帰り。
昼前発。
N6, Créteil; A5a; N105; Melun, N6; Fontainebleau, N7, Montargis; A77, Nevers外周; N7。
Nevers南の街の5月にParisに行った時に利用したATACのGSで給油しようとするが、機械が壊れてて、30分近く待ったあげくあきらめる。
少しLyonよりのTotalで給油。ついでに前輪の空気圧を調整。
N7, Moulins, Roanne; N82; A72; D201で外周を大回りしちゃってから南からSt-Etienne(19:00前)。
St-Etienneで食事しようとcentreの方に行ってみるが、街中に入っても人気が無く、開いてるレストランも見つからない。うろうろして、ようやく中心らしきとこに出、レストランもいくつか見つかる。
レユニオン料理屋に入ってみるが、シェフがまだ来て無いと言われ、近くの中華料理屋へ。
12€50で味もまずまず、分量も充分で、満足する。
21時過ぎSt-Etienne発。
N82, Annonay郊外; D82; N86。
Sarrasで橋を渡らず、そのままN86。
Tournon-sur-Rhône, St-Péray, la Voulte-sur-Rhône, le Teilで橋を渡るタイミングを見るために脇によけて地図を見てたらなんか分からんけどクラクションを鳴らされた。給油。
N86, Viviers; N93; N7, Orange。
Avignonを飛ばしてSorgues辺からCavaillonの方へショートカットしたかったが、地図を見るのが面倒なのでそのままN7, Avignon, Sénas, St-Cannat。
25:30着。
往復その他で1780km程。

(2006/11/08/21:26:37)
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2006/05/25-05/28の記録:パリ行

25日:行き。
7時に起き、8時には出たかったが、ぐずぐずして8時20分くらいに部屋を出、下のエルフでガソリンを入れたあと、les Milles、Éguilles方面から、まずAvignonを目指し出発。基本的にN7を通ってValenceの20キロ程北まで。そこからSt-Etienne方面に曲がる (D82,N82)。 Roanneの手前で再びN7に入り、 Moulins, Nevers, Montargis, Fontainebleau。 Nevers手前でガソリンが少なくなり冷や汗をかくが、高速っぽくなったところから下りてなんとか給油。当初の計画では、 NeversもしくはNemoursのF1にでも一泊しようと思ってたのだが、 Nevers到着は16時頃、 Nemoursは18時過ぎとそこで泊るには早すぎたので、目的のVitry-sur-SeineのF1まで一気に行く事にする。(今日中にノートルダムの前に立てると考えると、予想してなかったので、結構ワクワクした。) 19:30にVitry着。そこのF1は期待したように清潔ではなく、駐車場も工事中で、路駐せざるを得ないので、そこに三泊するか決めかねとりあえずは1泊だけという事にし、その金を払う。 (1泊30€)
ちょっと休憩してから、早速パリ見物に出かける。 (19:45)
歩いて10-15分ほどのメトロの駅(Villejuif-Louis-Aragon)からChâteletまで行き(カルネ10€70)パリの街を散歩。左岸を軽く見、地球の歩き方に載っているシテ島のホテルに行って、金、土に部屋が空いていないか訊くが満室(こっちの言う事がよく解らず適当に断られた可能性あり)。去年の秋に止めた地下駐車場が1日23€というのを見て市内での宿探しをあきらめ、計画通り、 VitryのF1に三泊する事に決める。去年秋に食べたラーメン屋に行き、カツ丼と餃子、みそ汁のセット(多分12€50)とハイネケン(いくらか忘れた)。ヴァンドームの円柱を見ようと思って、どこかよく分からずオペラ座の周りなどをうろうろする。テュイルリーのあたりを歩き、ルーヴルのピラミッドを見たりしてから、近くのメトロ駅からメトロに乗り帰る。帰りが遅くなり、おまけにVillejuifについてから何となく大通り(N7)沿いを通って帰ってみる事にしたのだが、大通りから、ホテルのある一本内側の道との間に公園かなにかがありそこが塀で囲まれているせいで、道が暗く、人通りもないのでこわい思いをする。ついでにそっちから行くと多分かなり遠回りだった。 23時ホテル着。

26日:モンマルトル、ポンピドゥーセンター見物及びパリドライブ。
ホテルの受付で、あと2泊する事にしたと言い、金を払う。モンマルトルまでメトロ(7番から4番に乗換え)で行き、サクレクウルを見たあと散歩。ポンピドゥーセンターまで歩き、現代美術館を見る。チケット10€。特別展の « L.A. » を見る。見たかったカンディンスキーその他有名画家の作品の階は閉鎖されておりがっかりする。くたびれきったので、出てから、そばのcaféでオムレツを食う(沢山出されたパンをほとんど食った)。 7€。うまかった。満足する。オランジュリイを見に行こうと思い歩いて行くが、行列の長さに恐れをなし、ピカソ美術館に変更し、コンコルドから、サン=ポオルまでメトロ。ピカソ美術館は2€。掲示の説明を読むと面白いという事が解るが、疲れてたので、全部は読まず。案内の本を買う。 12€50。あとはドライブということにしてPont-Marieの駅まで歩き、メトロで一旦ホテルに戻る。 (17:15)
17時半ホテル発でドライブ。
パリの中心地シテ島の辺をうろうろしたあと、川沿いの道を西に向かって走り、エッフェル塔の下を通り抜けて外れ近くまで行き、橋を渡って右岸を今度は東へ。少し行ったり来たりしたあとダイアナさんのトンネルなどを通り、東の方に行ったところで、ヴァンセンヌの昔泊まったホテルを見て来る事にし、 Gare de Lyon、ナシオンを通ってヴァンセンヌへ。道の北側という記憶があって、その辺を車で走ってみたが見つからず、ちょうど駐車スペースが空いていたので止めて、ちょうど降り出した雨にも関わらず歩いても探してみるが見つからず。車を止めたところの側に地図があったので、 rue du Donjonを探すと、記憶とは逆に、道の南にある。行ってみると確かに辺りの感じは記憶通りで、ホテルも見つかる。一泊56€からと、思った以上に高いうえに、前に利用したスーパーも無くなっており、便利さも無くなっている様で、ここに泊る事はなさそうだと思いがっかりする。ナシオン、バスチイユなどを通りシャンゼリゼを目指す。位置関係が解ってなかったので、コンコルドから無駄に北の方に行ってしまい迷うがなんとかたどり着く。デファンスまで行こうかとも思ったが、石畳の道が嫌だったので、凱旋門の一つ西の大きなロンポワンから引き返し、シャンゼリゼをコンコルドまで。朝の散歩で夕飯はモンマルトルと決めてたので、21時前くらいにモンマルトルのサクレクウルの裏あたりのレストランで食事。(サクレクウルの脇あたりで運良く駐車スペースが見つかった)menu 16€(オニオンスープ、プティサレとレンズ豆、タルト。プティサレはどうも大味な感じ。(プティサレとはそういうもんなんだろうけど、去年Lyonで食ったやつの方が、小さかったが、うまかった)とはいえ、昼も食ったし、パンを全部食ったので腹一杯になった。)。帰りに道を間違え、南の方に向かってるつもりが、いったん北の方のポルト=ド=クリニャンクウルからパリの街を出てしまう。この辺でラジオで小児科医の話を聞く。 23時ホテルに戻る。

27日:オルセー他。
今日は一日オルセーと決め、メトロで、ポン=ヌフまで行き、ポン=デザールを渡って、オルセーに行く。入り口の行列がすごく、予想してなかったので戸惑うが、仕方ないので並ぶ。2時間程待ち、 12時過ぎ(だったと思う。待ち時間共々良く覚えてない)にやっと入れる。セザンヌ・ピサロ特別展と合わせて9€(常設だけだと7.5€)。 14時頃、 6階の軽食コーナーでサラダとハイネケンで休憩。 3€と2.9€。よく冷えたハイネケンがうまかった。セザンヌ・ピサロ展は面白かった。両者が似た様なモチーフで描いた絵を並べて展示してあるから、違いがよく分かった。ちょうど小学生(低学年)の一団がガイド付きで見学に来てて、その説明のフランス語のレベルが僕にはちょうど良かったので、小学生と一緒になって、しばらく説明付きで見れたのも良かった。子供の質問とかがはいるのがじれったくなって、途中でつきあうのやめたけど。オルセーのガイドブックと、セザンヌ・ピサロ展のパンフレットを買う。 17:30頃、満足したし疲れたので出る。その辺のcaféで休憩しようと思っていたが、不意に、昔大学の時の教授達と食べたサン=ルイ島のレストランにでも行って休憩しようと思い立ち、サン=ルイ島を目指し歩く。途中ポン=ヌフの欄干に座って休憩。今までパリに来た三回とも入っているのでノートルダムに入ろうかと思うが行列が長くやめる。目指すサン=ルイ島のレストランはどれかよく分からず、混んでるし、高そうなので素通り。ポン=ルイ=フィリップをわたったあたりにある教会をちょっと覗くと坊さんや尼さんが聖歌を歌ってるところだった。リヴォリ通りのcaféでショコラ=ショで休憩。 3.6€(多分)。昨日ドライブ中に見つけたZARAでTシャツでも買おうとリボリ通りを行ったり来たりし、 Hotel de Villeの西にZARAを見つけ、 Tシャツと半袖シャツを買う。 11.9と24.9€、合わせて36.8€。左岸のレストラン街を歩き、カルチェラタンを歩く。夕飯は21時頃からと決めてたので、時間つぶしにぶらぶらしソルボンヌを見に行ったり、パソコン屋を覗いたりする。それでも時間が余ったし疲れきったので、ポン=サン=ミシェルの欄干で休む。通り過ぎる船に手を振ったりする。予定通り21時頃からインド料理屋で夕食。外に11€のムニュの看板が出ていたのでそれでいいと思ったのだが、安すぎると思った通り、それは昼用。 15€のムニュ(アントレにタンドリーチキン、プラは魚のカレー(辛さが足りなかったが味はまずまず)、デセールのガトーミエルとやらはまるい玉がふたつでいまいち)とインドビール(5€)、チャイ(5€)、ついでに気分が良かったのでチップを1€。カレーについて来る米がたっぷりで、全体として大変満足。窓から賑わう道の様子が見えたし。サン=ルイ島を歩きたかったのでシテ島に渡ってサン=ルイ島へ。ポン=サン=ルイの上で大道芸を見る。観客が盛り上がってたし自分も少し酔っぱらってたので、楽しく見物できた。 23時を超えたので、芸が完全に終わる前に帰る。 Pont-Marieの駅から。 23:30ホテル着。

28日:帰り。
9:30発。
ホテルからちょっとパリ方面に行ったエルフで給油してから出発。 N7はUターンができないので一本右に入ってみたせいで迷う。 VillejuifとVitryの街をさまよい、なんとかホテルの前の道に出、 N7に戻れる。 FontainebleauからN6でAuxerreの方へ。 Chalonを目指していたのだがSaulieuから « bis » の表示につられてD15に入りAutunの方へ。
(当時のメモがここで終わってるので、この先どう帰って来たのか分からない。残念無念だ。覚えてるのは、いつもの様にガソリンが切れそうになってひやひやしながら田舎道を走っていて、なんとか中くらいの街に着いて、そこのスーパー付属のGSで給油したんだけど、その街が、池とかあったりしてめちゃめちゃ感じが良かったって事。もう一度余裕を持って来たいとか思ったはず。場所はLyonの北西100kmくらいの辺りじゃないかな。この街の名前は給油の記録を調べれば分かると思う。その後、ちょっと迷ったりしながら(Mâconの辺りだったかな)なんとかLyonにたどり着いて(Lyonには、北西の方からはいったんだけど、それがN7だったかN6だったか、それとも別の道だったか覚えてない)、その後はN7でViennneを通って南下して、 St-Vallierで、ちょうど来た時とは反対に、わざわざRhôneを渡って西側の、 N86を南下した。とりあえずこの辺で、逆方向、つまり北行きがずっと渋滞してて、反対で良かったと思ったのを覚えてる。どこでまたRhôneを渡って東側に戻ったのか覚えてないけど、 MontélimarかOrangeの辺りだと思う。 Orangeの街を通ったのは覚えてるけど、その後は素直にN7で帰ったんじゃなくて、ちょっと東の方にそれて、 l'Isle-sur-la-Sorgueの辺りを通った様な気がするが、よく分からない。帰り着いたのが21時半で、ちょうど12時間。行きより一時間以上余計に掛かった。走行距離もメモってないから分からないけど、これも給油記録を見ればだいたいは推測できると思う。)

(2007/06/25/20:03:30)
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