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2017/10/31の記録:「ノーヒッター」は「ノーヒットノーラン」ではない

きっかけはいつものように忘れてしまったのだが、昨晩、日本語ウィキペディアの「ノーヒットノーラン」の項目を読んだ。

そこには(今日現在)次のような記述がある。

「ノーヒットノーラン」は和製英語で、「ノー」は「無」、「ヒット」は「安打」、「ラン」は「得点」を意味し、日本語では無安打無得点試合(むあんだむとくてんじあい)または無安打無失点試合(むあんだむしってんじあい)と言う。正式な英語ではno-hitterまたはno-noと呼ばれる。

僕はメジャーリーグやアメリカの野球事情には疎いので、最初は、そうなのか、知らなかったな、と思っただけだったのだが、読み進め、また、別の様々な記事を読み、自分自身でもあれこれ考えるうちに、この記述に納得がいかなくなった。

僕は、ノーヒットノーラン和製英語説、英語ではノーヒッター(ノーノー)と言うとする説、共に誤り、もしくは不正確と考える。

これはもちろん僕の個人的見解に過ぎないし、僕は(あまり真面目でない)一野球ファンに過ぎない。

異論があるのは当然である。

僕としてはただ、なぜそう考えるか、根拠を以下に示し、その当否を世に問いたく思うのみである。

まず、和製英語説について。

とりあえず簡単な作業として、日本語ウィキペディアの「ノーヒットノーラン」の項目の左にある、"Español" というリンクを押して、スペイン語版ウィキペディアの当該項目を見てみよう。

"No hit no run" として、項目が立っている。

つまり、スペイン語圏(おそらくスペイン本国ではなく、野球が盛んな中南米で、ということだろうが)では、"No hit no run" という言葉が普及していると考えて良いだろう。

実際 "no hit no run" でウェブ検索すると、英語はあまりヒットしないが、スペイン語と思われる記事は多数ヒットする。

これだけですでに、ノーヒットノーラン和製英語説が怪しくなってくるではないか。

しかしもちろん、日本からスペイン語圏に和製英語が輸出された可能性は皆無とは言い切れないし、それよりも可能性の高い説として、日本と中南米で別々に、それぞれ和製英語と中南米製英語が生まれた、という説を唱えることもできよう。

英語で "no hit no run" と言われることがないのか、さらに探してみた。

上に書いたように確かに英語の記事を見つけるのは難しかったが、無いわけではなかった。

例えば、ボストン・レッドソックスのダッチ・レナードが1916年8月30日、対セントルイス・ブラウンズ戦で "no-hitter" を記録した試合を伝えた記事(と思われるもの)が見つかった。

この記事では、表題がそうであるように "no-hitter" という言葉が使われると同時に、"no-hit, no-run game" という表現も使われている。

日本人メジャーリーガーも珍しくなくなった2016年であればともかく、100年前の1916年の記事である(と思われる)。

和製英語をアメリカ人が逆輸入したという可能性は考慮する価値もないだろう。

アメリカでも「ノーヒット、ノーランゲーム」という表現が使われていた、ということは間違いない。

しかしこれでもまだ、カンマが落ちゲームのつかない「ノーヒットノーラン」は和製英語だ、という方がいるかもしれない。

個人的にはそのような考えは「和製英語」という言葉の間口を広げすぎではないかと思うが、念のためさらに探してみた。

すると、灯台下暗し、英語版ウィキペディアの "No-hitter" の項目についての議論を記録したページに、 "no hit no run" という表現が、"no hits no runs" や "no-hit no-run" などと揺れながらではあるが、使用されているのを発見した。

さらに言えば、もう一つの論点と関わるので詳細は後回しにするが、これらの表現は、 "no-hitter" ではない、まさしく日本で言うところの「ノーヒットノーラン」という概念を指し示すためにあえて使われているのである。

論理的には、これだけの根拠で和製英語説を完全に論破することはできない、ということは理解している。

しかし、以上の

  • スペイン語圏で "no hit no run" という表現が流通していること。
  • 1916年に "no-hit, no-run game" という言葉がアメリカで使われていたらしいこと。
  • 現代のウィキペディアで "no-hitter" とは別の概念(しかも日本の「ノーヒットノーラン」と同じ概念)を示すためにあえて "no hit no run" という言葉が使われていること。

という三点を考えあわせるならば、日本人が知っている英単語を見よう見まねで組みあわせて「ノーヒットノーラン」という言葉を発明した、とするよりも、アメリカ人が使っている言葉をそのまま持ってきて日本でも使うようになった、とした方が自然であると僕は判断するのだが、いかがだろうか。

第二点、「ノーヒッター」と「ノーヒットノーラン」について。

この両者が同じものを指している、という考え方に関しては実は、ネット上をあちらこちらとサーフィンしなくても(この表現、今でも使われるのだろうか?)、当の日本語版ウィキペディアのページを読むだけで、疑念が湧いてくる。

というのは、このページには、ざっとかいつまめば次のようなことが書いてある。

  1. 日本では「ノーヒットノーラン(無安打無得点)」、アメリカでは「ノーヒッター」という(既述)。
  2. 完全試合との違い(当記事とは関わらない)。
  3. 日本プロでは一人で投げ切った場合だけ、日本アマ及びアメリカでは継投も可(同)。
  4. アメリカでは得点を許した場合も含まれる。(これに対して日本については、特に強調はされないものの「無得点」が前提の記述となっている)。
  5. あとは実例紹介とその他の国、国際試合について。

このように、当記事に関わるのは1と4だけなのだが、1で言葉が違う、と言い、4で内容も違う、と言っているのである。

言葉が違い内容が違えば、それは別のものだと考えるのが筋というものだろう。

日本にはノーヒットノーランという言葉の他に、「ノーヒットアリラン」という言葉が(俗に)あり、これはつまり、「無安打に抑えはしたものの得点は許してしまった」ケースを指す。

実際に日本プロ野球では、阪神の村山が巨人相手に失策等で二失点したものの無安打に抑え完投勝利を挙げた試合があるらしい。

しかしこれは「ノーヒットノーラン」ではなく、「ノーヒット有りラン」なので、日本プロ野球の公式記録としては記録されていないそうだ。

これがもしメジャーリーグでのことであれば、上の4に書かれているように、公式記録となった。

ただしそれは、「ノーヒッター」として、である。

つまり、「ノーヒッター」は「ノーヒットノーラン」と全く同じ概念なのではなく、「ノーヒットノーラン」に「ノーヒットアリラン」を足したもの、とするのが、正確な理解と言えるだろうと、僕は考えるのである。

「ノーラン(無得点)」を重視する日本(や中南米)では「ノーヒットノーラン」という言葉および概念が普及しているのに対して、「ノーラン」であることを必ずしも重視しないアメリカにおいては、「ノーラン」のつかない「ノーヒッター」の方が、普及しているということではないか。

ノーヒットノーラン自体珍しいものではあるが、ノーヒットアリランの方はさらにさらに珍しいものであって、たいていのノーヒッターは同時にノーヒットノーランでもあるから、ノーヒットノーランとノーヒッターが事実上同じように扱われるのは当然であるかとは思う。

だから、日本で言うノーヒットノーランをアメリカではノーヒッターと呼ぶとするのは、間違い、とは言い切れないが、正確に厳密に考えるのであれば、上記のようなことである、という指摘は、意義のあるものと考える。

それではそもそも、「ノーヒットノーラン」という概念がアメリカにあるのだろうか、という疑念が生じるが、これは和製英語か否かという論点と通じる問題で、すでに上で触れた。

ある、と言える。

英語版ウィキペディアの "No-hitter" の項目についての議論を記録したページに、 "no hit no run" という表現が使用されており、それは "no-hitter" とは違い「無得点」の試合をさすためにあえて使用されているのである。

この点について詳しく紹介しておこう。

上記のリンク先ページの真ん中らへん、 "no-no" という言葉に関する議論の部分で、それは出てくる。

実はこの "no-no" についても、最初に日本語ウィキペディアを読んだ時点で僕は気になっていたのである。

冒頭で引用した部分にあるように、日本語ウィキペディアではノーヒットノーランを英語では no-hitter もしくは no-no と言う、としてある。

ノーヒットノーランをノーヒッターとは別のものなのではないか、と疑う僕は同時に、ノーノーこそがノーヒットノーランと同じもので、ノーヒッターとノーノーは区別すべきなのではないか、と疑ったのである。

英語版ウィキペディアの議論のページでは、まさにその点が論じられている。

曰く、 "no-no" という言葉は、 "boo-boo" という言葉(「いたずら」「おいた」みたいな意味らしい)のような幼児語である。

曰く、 "no-no" という言葉は、他の多くの言葉と同様、複数の意味を持つかもしれないが、こと野球について使われる "no-no" は "no hits no runs" の短縮形であって、幼児語ではない。

曰く、あるファン同士のやり取りの中で最終スコアが7-1の試合について "no-no" という言葉が使われている。ウィキペディアとして信頼のおける出典ではないが、この言葉が "no hit no run" を意味するという考え方が一般的に受け入れられているわけではないことを、示している。

曰く、もっと信頼のおけるものとして、アンディー・ホーキンスが "no-hitter" ながら4-0で敗戦投手となった試合についてのNYタイムズ紙の記事で、デイブ・リゲッティがホーキンスに「ノーノーをやったとだけ考えればいいさ」とアドバイスした、と書かれており、記者は "no-no" を(明らかに "no hit no run" ではなく) "no-hitter" を示すスラングであると明記している。

ノーノーがブーブーのような幼児語だ、という説は、とてもじゃないが肯んじかねる。

「ノーノー」は「ノーヒットノーラン」の省略形だ、という説を、個人的には取りたい。

しかし、現実に「ノーラン」ではない試合も "no-no" と言われている、という指摘は、実例をいくつも示された以上、(僕としては残念であるが)無視できない。

来歴はともかくとして、今現在、現実に、「ノーノー」という言葉は「ノーヒッター」と同じ意味の言葉として使われているのであって、「ノーヒットノーラン」とは別のものである、という事実は動かせないようだ。

その点で僕の当初の推測は外れた。

しかし一方で、これらの記述は英語話者の間で "no hit no run" という言葉が、"no-hitter" とは違う概念を表す言葉として使用されていることを、明白に示している。

これらのことから僕は、冒頭述べたように、ノーヒットノーランが和製英語であるとする説、ノーヒットノーランのことを英語ではノーヒッター(ノーノー)と言うとする説、共に誤り、あるいは少なくとも不正確であると考える。

その上で僕は、この件については次のように整理しておくのが適切であると考える。

  • 「ノーヒットノーラン」という概念・言葉と、「ノーヒッター」という概念・言葉が別々のものとして(英語話者の間にも)ある。
  • 「ノーヒッター」は、「ノーヒットノーラン」と(日本で俗にいう)「ノーヒットアリラン」とを合わせた概念である。
  • 日本やスペイン語圏においてはこのうち、「ノーヒットノーラン」が重視され普及している。
  • アメリカでは「ノーヒッター」が重視され普及している。
  • 「ノーヒットアリラン」は非常に稀であるがゆえに、「ノーヒットノーラン」と「ノーヒッター」は実質上ほぼ同じように使用される。
  • そのため、両者が混同される場合があるが、厳密には別の概念である。

(最後の点は蛇足かもしれないが、あくまで僕の勝手な憶測として、ノーノーはノーヒットノーランの短縮形として生まれたにもかかわらず、この混同があったがゆえに、ノーヒッターの方が普及したアメリカにおいては、本来適切ではない場合にもノーヒッターの代わりとしてノーノーが使われるようになった、という経緯があったと考えたい。それで、未練がましいうえにくどいようだが、この点を付け加えることで強調しておいた)

ご批判を待つ。

== 注 ==

アンディ・ホーキンスの件について。

この試合はホーキンスの "no-hitter" として公式には記録されていない。

MLBの公式記録は「9イニング以上抑え、試合が完了した場合」とされているのだが、アウェーの負け試合だったためホーキンスは完投したものの8回しか抑えておらず、対象とならない、ということのようだ。

ただ、この規定は1991年に定められたもので、ホーキンスの事例はその前年であるから、その時点では「ノーヒッター」とみなされていたらしい。

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2015/07/21の記録:“Centre hospitalier universitaire de Nice” について

ジュール・ビアンキ選手が亡くなった。

大変な事故ではあったが容態は安定しているという報があったので、可能性に期待していたのだが、残念だ。

このようなニュースを元に記事を書くのはためらわれる気持ちもあるが、不真面目な内容ではないのでご寛恕を願いたい。

日本で起きた事故が原因という事もあり、多くの日本のメディアもこのニュースを報じているが、亡くなった病院の名前の翻訳に苦労されているようだ。

ご遺族からのコメントを拝見すると、 « Centre hospitalier universitaire de Nice » という名前のようだ。

多くのメディアが「ニース大学付属病院」と訳しており、そうするのが普通かと思うが、多少気になった。

気になったのは「ニース大学」の「付属」と言ってしまっていいのか、という点。

直訳すると「ニースの大学の介護センター」となるが、「ニースの大学(ニース大学)の」+「介護センター」なのか「ニースの(ニースにある)」+「大学の(大学機能を持つ)介護センター」なのか明確でない。

明確でないが、語の構造としてはCentreに形容詞が二つついてde Niceだからどちらかといえば後者っぽい。大学付属であれば明確に « Centre hospitalier de l'Université de Nice » としそうに思う。

CHUとニース大学をウィキペディアで調べてみた。

まず、CHUは1973年にニースにファキュルテドメドシーヌ(医学部)が置かれたのと同時にユニヴェルシテールになったと書いてある。ファキュルテドメドシーヌはニース大学を構成する部分と言えるだろうし、ニース大学医学部はCHUのそばにキャンパスがあるそうなので、大学と関係があるのは間違いない。

が、一方でCHUはUniversité Côte d'Azurに加盟している、としてあり、Université de Niceではない。

Université Côte d'Azurを見ると、その加盟組織の中にCHUと並んでニース大学も名があがっている。

その他の加盟組織をみる限りUniversité Côte d'Azurとは、付近の大学や研究所などが加盟する研究機関の集まりのようだ。

そこに両者が並んで加盟しているところをみると、また、ウィキペディアのCHUの記事に

Des partenariats ont été noués entre l'université de Nice Sophia Antipolis, . . . et le CHU.
(ニース大学[…]とCHUとの間にパートナーシップが結ばれた)

« l'Université Nice Sophia Antipolis » はニース大学の通称。

としてあるのをみると、組織としては別であり、やはり「ニース大学付属」とするのは適切ではないように思う。

« universitaire » ということばは「大学機能(高等教育機関および研究機関としての機能)を持つ」といった意味じゃなかろうか。

じゃあどう訳せばいいかだが、なかなか難しい。

いっそのことユニヴェルシテールは無視して「ニース医療センター」とするのがいいかと思うが、「ニース医療大学病院」としてもいいかもしれない。「センター」を残したければ「ニース医大医療センター」でもいいかもしれない。

あるいは、「付属」をとって「ニース大学医療センター」とすれば、フランス語の名前と同様に「ニース大学」+「医療センター」とも「ニース」+「大学医療センター」ともとれるようになって、関係を曖昧にできるのでいいかもしれない。

いずれにしても、きちんとした訳語は難しい。

わからないのは、ニース大学の医学部との関係だが、臨床はCHU、理論的部分は医学部で、学生は行ったり来たりするんだろう。教員はどうなってるのかな。

== 12/29追記 ==

ちょっと調べ物をしていたら « Centre hospitalier » ということばが出てきて、この記事を思い出した。

元々の調べ物とは関係ないのだが、こっちも気になったので調べてみた。まず « Centre hospitalier » というのは法的な用語で、 « Hôpital local » でも « Centre hospitalier régional » でもないもののことを言うらしい。フランスの公的医療施設はこの3つに分けられる。が、 « Centre hospitalier universitaire » は « Centre hospitalier régional » に含まれるらしい。

« Centre hospitalier régional » のうち、大学機能も付加されたものが « Centre hospitalier universitaire »。

ややこしい。

で、フランスの医師・医学研究者の養成は紆余曲折を経て国立大学に設置される « Unité de formation et de recherche de médecine » (直訳すると「医学の人材育成及び研究ユニット」)に一本化されたようだ。それによって医学部=ファキュルテドメドシーヌというものも制度上は廃止され、今そう呼ばれるのは « Unité de formation et de recherche » のことと考えてよい。その後学生の増加に伴ってまた色々あったようだが、基本はこれでいいと思われる。(ちなみに医学に限らずファキュルテというのがすべからくユニテドフォルマシオンエドルシェルシュになったみたい)

で、そのUFRの医科・歯科・薬科はCHUと一体となって教育・研究を行うらしい。この二つが完全に一体のものなのか、一応は別のものだが深い関係にあるのかが、やっぱりよくわからないが。

いずれにしてもフランスでは研究や教育も行う病院は全てCHUという名前になっており、実際フランス語Wikipédiaの « Centre hospitalier universitaire » は日本語ウィキペディアの「大学病院」にリンクされている。日本では大学病院は大学に付属するかたちをとったものが多い(と思う)が、フランスの大学病院は大学に付属しているのではなく一応別の組織・機関になっているのが違う点。大学が病院も持ってるのでなくて、病院が大学機能も果たす。

というわけで、この記事の主題である“Centre hospitalier universitaire de Nice” の訳語は、「ニース大学病院」でいい、と言えそうだ。

念のため、今日書いたことは全てフランス語Wikipédiaに依拠しています。僕が誤読している可能性がありますし、 Wikipédiaの記述が正確でない可能性もあります。

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