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2014/10/01のことば

その英文千頁に余る『実用英文典』を要約して、特に学窓に在る若き学徒のために英文学習の指針を与えられたものが本書である。だからその特徴としては
(1) あくまで組織的なこと。これが斎藤流 Idiomology (組織英語学)の根本特色である。
(2) 文例と練習問題が豊富なこと。だから文法を学ぶうちに読書と作文の力がぐんぐん伸びてゆく。
(3) 説明が懇切で要を尽くしていること。英文のどんな難問にも必ずはっきりした解答が与えられている。
(4) 絶対に信頼し得ること。 "Advanced English Lessons" (高等英語学教本)、 "Monographs on Prepositions" (前置詞研究)、 "Studies in Radical Verbs" (基本動詞研究)の何れも英文千頁を超える労作と、『熟語本位英和中辞典』及び『和英大辞典』の大著とがこれを保証する。

—『斎藤 新標準英文典』訳編者による序文

文に切れ目がないので長い引用になった。

断定調の書きっぷりが良いと思っている。

いわずもがなだが肝は「絶対に信頼し得ること」。
それを「〜とがこれを保証する」で受けたところが、えもいわれぬ味わい。

むかしの学習参考書の序文には面白いものが多く、序文を読むために古本屋で投げ売りしてるのを買い、愛読しているものが何冊かある。

著者自身が書いた序文にはその本への自信、自負がストレートに遠慮なく書かれていて大変愉快に(そして時には不快に)なれるものが多い。一方この本のように弟子筋の人が書いた序文は、多少無理矢理にも先生を持ち上げ、作品を持ち上げているところが、むかしの師弟関係の強さと、それを見つめる自他の視線の厳しさが思い起こされるようで、息苦しさを感じることもある。

いずれにしても、むかしの、特に学習参考書の序文は遠慮がないのがいい。学習参考書が、というのは、読み手が基本若い人なので、書き手のえらい先生とすればなめてかかれるところがあるためかと思う。

遠慮がない文章というのは、書いてる人の表情が思い浮かぶようで、愉快になるにしろ腹が立つにしろ、こころが動かずにいないものだ。

こころの動かない文章に価値はない。遠慮などくそくらえである。

その意味で、森一郎さんの『でる単』の序文は、日本語を母語として生まれた以上は必ず読まねばならぬ不世出の文章であると思っているのだが、あいにく手元にない。その得意、思うべし、なのだが、紹介できないのが残念だ。

それはそうと、今日とりあげたこの本、著者の斎藤秀三郎さんの弟子にあたるのだと思われる序文の筆者、訳編者の名前がどこにも書いてない。責任の所在を明らかにする、という意味で、問題があるのではないか。

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