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2014/10/07のことば

 こうして明治末期から現在まで日本内外の論者たちは異なる強調点から異なる聴衆に向けて、だが同時に相互の対話のなかで、式年遷宮の本質的意味をそのつど発明し、そうした発明によって神宮は各時代の政治的文脈へと投げ込まれてきた。そして、この長い対話のあいだ、神宮は変わることなくある一つの家族の下にひたと寄り添い、その家族員は遷宮の意味について外に向けて何一つ語ることはなかったのである。

—ジョルダン・サンド「パンドラの箱——メタファーとしての式年遷宮(最終回)」

歴史家らしい発想と手法によって伊勢神宮の式年遷宮を巡る言説の歴史を辿った刺激的な文章の、狙って印象的な結び。

この文章は研究というものの醍醐味を味わわせてくれるうえに、おち(と言っては失礼なのかもしれないが)が見事である。

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