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2006/12/09の記録:St-Cannat et Éguilles

今日は友人に食事に呼んでもらってたんだけど、風邪引いてしまったもんで断った。
で、休みではあるし、病人ではあるしで、体を休めようという事で朝からごろんたらんしてたんだけど、ずっと寝てる事もできないし、退屈になった。なんか思いのほか元気になって来ちゃったんで、どうしようかとは思ったが、軽くドライブに行く事にした。友人には悪いことした様な気もするが、元気になったと言ってもうつしちゃったら悪いんで、断ったのはそれはそれで正しい判断かと思う。
で、何処行くかだけど、思い立ったのが16時前だったし、あんま遠く行っても日が暮れちゃう。近場ではめぼしい所はあらかた行っちゃったんで、今まで通り過ぎた事しか無い街をひとつづつつぶしていくのが最近のテーマになってる。通り過ぎた事しか無い街の代表と言えるSt-Cannat [サン=カナ] に行く事にする。
15:45発。
例によってSte-Victoire [サント=ヴィクトワール]。

街の方を通ってごちゃごちゃするのが億劫だったんで、ちょっと遠回りだけどLuynes [リュイン] 経由。
N8; Lyuins, D7; les Milles, D18; D543, Éguilles.
車内から撮ったÉguilles [エグィユ]。

Éguilles, D18, St-Cannat.
D18。秋だね。

街の外から撮ったSt-Cannat。教会しか見えないけど。

この時期のドライブの目的はcrècheだから、とりあえず教会を目指す。もともとこの街の一番の目玉は教会だろうしね。というわけで教会脇にとめる。
16:20着。
その辺の家並。

教会。

中に入ると何やら取り込み中。まあいいやって感じで多少遠慮がちにうろつく。
目当てのcrèche。

肝心の馬小屋が光の加減でよく見えないけど、注目は後ろのSte-Victoireの絵。 Ste-Victoireがこんな感じに見えるってことは、だいたいTrets [トレス] の辺でキリストは生まれたみたいだね。 (プロヴァンスの子供達はキリストはプロヴァンスで生まれたと信じてるらしいけど、無理も無い)
教会を出て、街の方へ。
この街は交通の要衝で、 Aix [エクス] の方から来た道が、ここで、 Avignon [アヴィニョン] 方面とSalon-de-Provence [サロン=ド=プロヴァンス]、 Arles [アルル] 方面に分岐する。これは緑の道 (主要道) で、もう一つ、これは小さい道だけど、僕が通って来た、 ÉguillesからRognes [ローニュ] に抜けるD18もこの道を南北に通り抜けてる。
だもんで、この街はいつでも車がいっぱい通ってて、人もわりかしいて、寂しくないんだよね。
戦没者記念碑

こっち側には一次大戦で亡くなった人の名前が書いてあって、下にVerdun [ヴェルダン] って書いてある。
裏じゃなくてその左側面に第二次大戦に関するプレートがつけられてるけど、下にはLa Marne [ラ・マルヌ] って書かれてて、その他の面にはそれぞれLa Somme [ラ・ソンム]、 Champagne [シャンパーニュ] って書いてあるから、この記念碑は基本的に第一次大戦のために建てられたものだって事が分かる。どうも第二次大戦で亡くなったこの街の出身者は、 7名だけで (第一次大戦は45名) それもあって、第二次大戦のを新しく建てる事はしなかったようだ。
場所は市庁舎の前でN7 (の筈だけど、この街の中ではD7nって書いてある) とD18との交差点になってる広場。街の中心と言っていいね。【この日は気づかなかったけど、どうもN7のこの地域の区間全部がどうもD7nに格下げになったみたい】
これが市庁舎。

ここを20メートル程西に行くと、 Avignon方面とSalon方面の分岐点。

分岐点に立ってるおっさんはこの街出身のBailli de Suffren [バイイ・ド・シュフラン]。18世紀の人。革命直前にParis [パリ] で死んでる。誰だか知らないけど、 Parisにもこの人の名前を冠したホテルがあるみたいだから、有名人には違いない。知ってないと恥ずかしいのかな、ほんとは。【今ちょっと調べたら、 Bailliは判官っていう一般名詞で本名はPierre André de Suffren [ピエール・アンドレ・ド・シュフラン] というらしい。アメリカ独立戦争や、インドでイギリスと戦った人らしいです】【さらに調べたら、日本語で詳しく紹介してくれてるとこがあった。えらい人だ。海軍の軍人で「18世紀で最高の海軍指揮官」と評価されたらしいです。この人は肥満体だったと書いてあるけど、街に立ってる像も太ったおっさんにちゃんとなってる。ただ、リンク先のページでは、サフレンとなってるけど、これは英語風の読みで、フランス風に素直に読んだらシュフランになると思う。ついでに街の名前がサンカナットってなってるけど、サンカナじゃないかな。でも、考えてみたらフランス人が発音してるとこ聞いた事ないし、地名に関しては変な読み方するとこもあるから、分からないけど】
こっちがAix方面。右の方に行くとÉguilles。

ここは完全に内陸の街なんだけど、なんでか分からんけど牡蠣その他の魚介類を道ばたで売ってた。
教会の方に戻る。

この家で、プロヴァンスの画家であり、詩人である、 Alphonse Tavernier [アルフォンス・タヴェルニエ] が生まれたらしい。誕生日が書いてあるんだけど、僕と一緒だ。これからは、好きな画家は誰ですかって聞かれたら、タヴェルニエですって答える事にします。絵は見た事無いけど。
だいたい見たんで、車に戻る。行きに通り過ぎたÉguillesでもcrècheを見ときたくなったんで、Éguillesに寄ってく事にする。
16:40発。
St-Cannat, N7; D543, Éguilles.
17時着。
とめる所が見つからなくて、行ったり来たりする。
Éguillesの街並。

教会。

中入ってみたら、ここでも取り込み中。中学生くらいの女の子の集団が、 crècheを探してきょろきょろする僕を不審そうに見てくる。今日何かあるんね。きっと。テレトン (24時間テレビみたいなもの) やってて、その関係かね。ほいで、 crècheはみつからない。ちょうどおじいさんが、孫娘でも探しに来たみたいで、○○いるかい?いないの?ってな事を言いながら、その辺のドアとかがしゃがしゃやり始めたもんで、関係者に違いないと見て、crèche無いんすか?って聞いてみた。まだだって。残念。
教会のすぐ横が市庁舎。壁くっついてる。向かい合ってたりするのはよく見るけど、くっついて隣り合ってんのは珍しかないかな。

市庁舎前に人だかりがしてんのは、多分テレトンのせい。だいたい町中にテレトンの放送が拡声器で流されとる。テレトンてそんな大事なもんなんかね。シラクもテレトンの寄付に関してなんか言ったみたいだし。
市庁舎も教会もここでは街に背を向けて、例によって丘の上にある街の南に広がる平原を見下ろしてる。

戦没者記念碑探したけど見つからんかった。
車に戻る。
Éguillesの町中に流れてるテレトンの放送で、 Aixの市庁舎前でどうのこうのって言ってたの聞いて、行ってみたくなったんで行く。
17:20発。
Éguilles, D17, Aix.
Aixの街中やたら渋滞してて、えらい時間掛かった。
18:05着。
町外れにとめて、市庁舎を目指す。
Cours Mirabeau [クール・ミラボー]。人いっぱいいるね。流石に。

街中も人いっぱい。

で、目的の市庁舎前広場に出たら、確かに何かやってて、赤白おやじもいるけど、それほどの人出でもないな。

St-Sauveur [サン=ソヴール (カテドラル)] まで行って写真も撮ったけど、なんて事無い。 crèche見たろうと思ったけど、開いてなかって入れんかった。
寒いし、せっかく風邪が快方に向かってんのに、またぶり返しちゃっても嫌だから、帰る。
18:45帰宅。
50km程。

(2006/12/10/03:32:06)
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